第99話 頼れる?皇子

 バーデンの州都シュトゥットガルトは、まるで敵地に取り残されて包囲された砦のように見えた。


 三百ばかりの家と、そこに住まう民を養うにも足りない狭い畑を、土壁が囲んでいる。土壁の外は僅かな荒れ地を挟んで、三方を魔の森に囲まれているのだ。昼夜を分かたず魔の森から魔物があふれ出し、壁の外に出た人間を襲う……これでは街が発展するわけもない。


「さっさと森を切り拓いて、魔物が住みつけないようにしないとね」


「ルッツの母上でも呼べば、一気に焼き払えるんじゃないか?」


 気楽そうな受け答えは、ノリの軽いあの皇子殿下だ。帝国兵士たちの支持は篤いようなので、開拓部隊の一隊をお任せするとともに、俺の相談役をお願いしているってわけなんだ。何しろ俺はまだこの世界の事情に明るくないし、ましてや帝国の慣習や文化なんか、さっぱり理解していないからなあ。一応だけど帝国の統治機構に関わっていたこの気安い皇子様を、頼らない手はないよな。


「だめだめ。母さんの辞書には手加減という文字がないんだ。『焼いて』って言ったらこんな豊かな森が、一瞬で焼け野原だよ。ある程度は残さないと、その後に民が利用できないじゃないか」


 元世界で言う「里山」の価値は、この世界の人には通じにくいらしい。まあ先々採集するキノコや薪のことより、今日の魔物襲来を防ぐほうが深刻だもんなあ。


「そんなものか。まあ俺たちは侯爵様の意志に従うだけさ。ようは根気よく魔物を倒しつつ、開拓を進めるしかないってことだな。せいぜい頑張るとしよう、帝国には風魔法と水魔法の使い手が多いから、役に立つはずだ」


「その『侯爵様』ってのはやめてくれないかな……ルッツと呼んでほしいんだよね」


「一応侯爵様は若いけど、俺たちの御主人様だからなあ。だが御主人が望むなら、そうしよう。何でも命じてくれ、ルッツ」


「うん、頼りにしてる。マックスの混成部隊がどれだけ効率よく森を拓けるかが、鍵だから」


 俺は、三万弱の奴隷を、三隊に分けることにしていた。


 まず貴重な魔法使いを、一隊に集める。公国の魔法使いはリーゼ姉さんの氷槍魔法で壊滅し、残っているのはほんの少数だけど……その残党数百人も含めて、帝国人を主とする魔法使いは都合七千人、もちろん全員が女性だ。特別反抗的な奴を除いてそのほぼ全員と、若者を中心とした両国の男どもを合わせて一万人を主力とし、俺がマックスと呼んだ帝国第一皇子マクシミリアンをリーダーに据える。で、あとは男ばかり帝国の一万と公国の八千ばかりを、それぞれグループとしてまとめ、全部で三つの集団に分けて管理することにしたわけだ。


「考えたな……魔法使いの女を、帰国させないようにという狙いか」


「さすがマックスは炯眼だね。特に公国の女性には、ベルゼンブリュックに永住して欲しいと思っているからなあ」


 正直なところ、今回大勢捕らえた肉壁役の男どもには、今すぐ帰国してもらっても構わないくらいだ、男なんか肉体労働以外役に立たない……そういう世界だからな。だけど民の暮らしにも戦いにも役立つ魔法を自在に操る女性たちには、できるだけここに留まって、ベルゼンブリュックとバーデン領の発展に協力して欲しい。そんなわけで画策したのが、ここで働く十年の間に、せっかく売るほどいる若い男とくっつく機会を作って、子作りしたいならじゃんじゃんしてもらって、ここで一生暮らしていこうという気分になってもらえないかな、ということなんだ。


 公国の女性が帝国の男と結ばれたら、年季が明けたあと素直に公国に帰ることをためらうんじゃないかと思ってこんな不自然なたくらみを仕掛けたわけなんだけど、この世界に通じたマックスの目には俺のマッチング作戦、どう映っているのだろう。


「なかなかいい考えではないかな。魔力が強い女は、子作りへの欲求も強いという。彼女らが十年間も、若い男を前にして我慢できるとも思えないからな。そして生まれた子供をこの地で育てれば、バーデン領への愛着も湧くんじゃないか」


「そう言ってくれるなら心強いよ。マックスには開拓だけじゃなくて、そのへんも進めてほしいんだ。出会いイベント企画してくれるんならカネは出すよ」


「ふむ、そういう方面なら任せておけ!」


 何だかすっかり、昭和の学生サークルのようなノリになってしまっているな。


「いや実はもう俺も、なかなか気立ての良い公国娘を二人ほど、美味しく頂いているのだ」


 さすがは皇子様、仕事も早いがヤルことも早い。茶髪に切れ長の紫色した目、そして無駄に鍛え上げられた筋肉を持つマックスは、男の俺から見ても、野性的な魅力を全身からあふれさせている。捕虜生活でストレスの溜まった公国の魔女たちがふらっとなびいてしまうのも、無理なきことか。


「その娘たち、帝国に連れ帰ってハーレムを作ろうってわけ?」


「いやあ、俺はもう帝国に帰る気なんかないぞ? おめおめ敵に捕まった不名誉王族として一生後ろ指をさされるくらいなら、ベルゼンブリュックで気ままに暮らすほうがいいじゃないか」


 やっぱりこの人材、逃すわけにはいかないぞ。降伏交渉で見せた割り切りと決断は、この世界の男には珍しい資質だ。軽そうな見た目と違って誠実で、王族として施政や統治についてはばっちり学んでいるし……


「じゃあ、このバーデン領に、マックスのハーレムを築くことにしない?」


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