第209話 やっぱり魔王級?
スピード安産だったアヤカさんの回復は、俺の魔力と彼女自身の肉体の強さもあいまって、めちゃくちゃ早かった。もう翌日には一族の頭領代行としてばりばり働いていて……いやはや、この世界の女性が強靭なこと、恐ろしい。
そして、一週間後の今日は、俺とアヤカさんの間に生まれた、三番目の子が洗礼式に臨むのだ。但しその式場は、シュトゥットガルト市街にある至高神教会ではない。アヤカさんと祝言を挙げた、ヒノカグツチ神社の拝殿を借りての儀式になる。
なぜ教会じゃないのかって? それは知れたこと……世間に知れればヤバい結果が出る可能性が、極めて高いことがわかっているからさ。
俺の種はこれまですべて、魔力Bクラス以下の母親にはAクラスの子、Aクラス以上の母親にはひとクラス上の子を授けてきた。そしてその母親も、長い妊娠期間で鍛えられ、生まれた子と同じ魔力クラス相当に成長する……チートとされるゆえんだな。
アヤカさんは元々Aクラスの闇属性魔法使い。長女カオリを身ごもったことでSクラス相当の魔力になり、次女ホノカを孕んでSSクラス相当になった。そして三番目の子をお腹に宿すことで更に魔力は増大し、魔王の業とも言われる「威圧」まで使えるようになっている。アヤカさんの「威圧」を食らってまともに立っていられたのは、いまのところ俺だけなのだ。
となれば、先週生まれたこの子をまともに「洗礼」すれば、もはや伝説の中にしか存在しないSSSクラスが爆誕する可能性が、否定できないのだ。さすがにそれをこの町の司祭に知られるのは、ヤバすぎる。司祭の忠誠は俺たち領主や女王陛下ではなく、はるか東方の総本山に在します教皇様に向いている……枢機卿お婆ちゃんが止めてくれたとて、情報が教会中枢部に伝わって、それがベルゼンブリュックの貴族に逆流してくるのは、ほぼ確実だ。
潜入にも窃盗にも暗殺にも、そして戦闘職のサポート要員としても使い勝手の良い闇属性魔法を持った幼子は、野心を燃やす者にとってはぜひ手に入れたい最終兵器であろうし、他者に狙われている自覚がある者にとっては、幼きうちに抹殺しておくべき災厄だろう。そんな連中が闇一族の村に押しかけることを防ぐには、教会を離れたところで、洗礼を行う必要があったというわけさ。
というわけで、拝殿の板敷き床には聖なる水を満たした「たらい」が置かれ、司祭服をまとった若い女性が赤子を大切そうに受け取る。女司祭はふっと目を細め、アヤカさんそっくりの黒髪黒目をもつ子を、優し気に見つめる。
「容姿は似ていないけど……感じるわ。確かにこの子は、ルッツの分身ね」
よく見れば、ゆったりした司祭服のお腹のあたりは膨らんでいる。女司祭は背中に流したストロベリーブロンドをふわりと揺らし、そのグレーの瞳を、俺に向けた。
「聖なる水を使うまでもなく、ものすごい魔力を感じるわ。覚悟はいい?」
「もちろん。我が子の大切な儀式を、大好きな君にやってもらえるなんて、とても幸せなことだと思うよ」
「そう言ってもらえて、私も幸せよ!」
俺の言葉に満面の笑みで応えたのは、俺の大事な……幼馴染だった。
まあ、こうなったことには、いろいろ事情があるのだけど……結局のところ教会関係者で信頼できるのは枢機卿のエリーゼ婆ちゃんとツェリさんくらいだったわけで。お婆ちゃんを王都から呼びつけるわけにもいかないし、ツェリさんはまだ神官の身分で、洗礼を行う資格がない。そこでふと気づけばグレーテルがドヤ顔して、悩む俺を見下ろしていたっていうわけさ。そういや、すっかり忘れていたけどSクラス光属性として生を受けた彼女は、十歳になるまでに司祭資格を取ったと自慢していたっけ。
そんなわけで洗礼を授ける役をもぎ取った我が幼馴染は、上機嫌で決め台詞を宣した。
「八つの属性を司る女神よ、この美しき幼子の力を示し、その未来を嘉したまえ!」
ゆっくりと赤子の身体を沈めたたらいから、紫の光が溢れる。それは徐々に輝度を増し、やがて拝殿にいる者は皆、その眩しさに視力を奪われた。ただ一人、異常な魔法レジスト能力を持つ、俺を除いて。
俺はその紫の光に、ひたすら見とれていた。それは目を灼くような鋭い光束ではなく、やわらかく揺らぐオーロラのような、紫光のカーテンだった。いつまでも見ていたいような眺めではあったけれど……グレーテルが赤子を聖水から引き上げると、その光はゆっくりと消えていった。
「マルグレーテ様、今の光は……やはり」
「間違いないわね。いにしえの勇者以来、この大陸には存在しないとされてきた……SSSクラスが確定よ。ということはアヤカ、貴女自身もおそらく、SSS級の闇使いになっているはず、もはや魔王の領域だわ」
「ええ、恐るべき力を得たことは、自覚しています。ですがこの力、ルッツ様と王室のためだけに使いましょう。そして万一両者の利益相反するときは、迷わずルッツ様だけのために。それは『光の勇者』たるマルグレーテ様も、同様でございましょう?」
「そうね。魔王アヤカと戦わなくて済むことは、幸いだわ」
俺の第二夫人と第三夫人が、微笑みを浮かべながら怖い怖い会話を交わしているのを聞きつつ、俺は背中に冷汗が一筋流れるのを感じていた。
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