第104話 俺の娘、ヤバい?
「うわあ、可愛いなあ!」
思わずそんな第一声を漏らす俺。まだ生まれて一ケ月ほどしか経っていないのに黒々としっかり生えた柔らかそうな髪、小さいけれど整った顔立ちに、こっちをじっと無心に見つめる、深く黒い瞳。
生まれて間もない赤ん坊って、真っ赤で猿みたいで可愛くないって記憶があるけど……この子の見た目はしっかり整っている。そういや、カオリも洗礼の頃にはすっかり可愛くなっていたし……この世界の特徴なのか、それとも闇一族の血が為せる業なのかな。
「感じるのは……それだけ、ですか?」
「え? 他に、何かあるの?」
なんだか、アヤカさんが不安そうな表情で、不思議なことを聞いてくるんだ。初めて自分の子供を見たら、可愛いなあって気持ち以外に、何か必要だっけ?
「なるほど、ルッツ様は、お感じになれませんか……マルグレーテ様はいかがですか?」
「うっ、これは凄いわ。Sクラスの私でも、油断すると持っていかれそう……」
「グレーテルの言ってること、全くわかんないんだけど?」
その時、随伴してきた護衛の女性魔法使いが、いきなりひざまずいて、妙な言葉を吐き出し始めた。
「おおっ! 私は今日、生まれて初めて、命を掛けて仕えるべき主様に出会いました! この身を、貴女様のために捧げますっ!」
「おいゲルダ、何を言ってるんだ?」
振り向いて驚いた。ゲルダと言う名の女性魔法使いが、少女漫画の登場人物のように目に星をキラキラと浮かべ、ひたすら俺の娘である赤ん坊に、熱視線を注いでいるのだ。この女性、魔力はイマイチでも忠誠度と責任感だけは間違いないという理由で護衛に起用したつもりだったのだが……もはや護衛対象である俺のことなど眼中にないかのようだ。
「ルートヴィヒ様には申し訳ございませんが、私の魂が言っているのです。真にお前が尽くすべき主は、そのいとけなきお方であると!」
マジなのか。普段は感情を外に出さずひたすら職務のみに忠実なこの女性が、いまや教祖様を仰ぎ見る新興宗教の信者みたいに見えるじゃないか。
「ごめん、話が見えてない。これは何?」
「……信じられないけど、魅了の魔法よ。そうよね、アヤカ?」
グレーテルが戸惑ったような表情で口にした内容に、耳を疑う。どういうことなのかな、こんな生まれたばかりの赤ん坊が、魔法を使っているってこと?
「はい、マルグレーテ様のおっしゃる通り、この娘は産まれたその時から、闇属性の中級魔法『魅了』を発現し続けています。自らの身を護るため無意識に発動しているのでしょうが……近づく男どもはすべてこの子にひれ伏し、女もBクラス以下の者はすべて、初見で魅了術にかかってしまいました。私やマルグレーテ様のように高い魔力を持つ者は耐えられますけれど……」
「それでもかなり、影響を受けちゃったわ。だけどルッツは『可愛いなあ』だけで済んじゃうのは……やっぱりアレかな?」
うん、きっと「アレ」だ。普通人なら死亡確定の雷撃を食らってもなんとかなってしまう、俺が持つ謎のレジスト能力だ。使い道のないあふれる魔力を体内に貯めているから、魔法への耐性が異常に強いんだって、グレーテルが教えてくれたっけなあ。
「うん、全然そういう魅了的な意味では効いてなかったみたいだね。だけどこのままじゃ、この子をどこにも連れていけないなあ」
そう、こんな魅了ダダ漏れのまま街に連れ出したら、信者が次々増えて宗教団体のパレードみたいになっちまう。それとも、ハーメルンの笛吹きか。
「この子の魔法が私の力を超えるまでは、制約魔法を掛けて抑えることができます。その間に、人の心を簡単に操ることの罪深さを、教えるつもりです」
アヤカさんが静かな決意を込めて宣言する。冷静で理知的な彼女のことだ、強力な闇使いである娘が万一手に負えなくなった時の覚悟も、胸の中にしまっているのだろう。
うん、無力な俺は、彼女を信じるしかないんだよな。そしてこの子に、父としての愛をたっぷり注いであげるんだ……魅了術なんか使わなくたって愛されることはできるんだと、彼女が思ってくれるように。
「だけどこの魔力、尋常じゃないわよ。洗礼は……」
「はい、騒ぎになりそうなので受けさせていません……おそらく闇属性初のSSクラスになると思われますので」
やっぱりそうなっちゃうか。国内で母さん一人しかいないSSクラス、それも他属性よりひとクラスぶん能力が上と言われるのが闇属性と光属性なのだ。教会からSS認定されたとたんに、この子はベルゼンブリュック最強の魔法使いと言うことになって……もう大騒ぎ確定だ。下手をすれば暗殺の手まで伸びかねない。
「ま、司祭を派遣してもらってこの領地でひそかに洗礼を受けるしかないんじゃないの? 鑑定結果は王室に改ざんしてもらうことになるでしょう。カオリだってSクラスなのに、表向きAクラスってことにしたわよね」
さすがはグレーテル、粗暴なようでも高位貴族の次期当主としての教育はばっちり受けている。貴族的な落としどころをスパっと出してくれるのだからな。
「まあ、そんなところだろうな。ベアトに連絡して手はずを整えよう。さて、それよりカオリにも会いたいな」
「ええ、喜ぶと思います」
不安に強張っていたアヤカさんの頬が、ようやく緩んだ。
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