第248話 闇の蝶と……

 翌日も、平民街のその宿で、俺は種付けのお相手を待っている。


 昨日は着くなりいろいろ始まっちゃったからまわりの調度なんか気にする余裕はなかったけれど、ベアトが『いい部屋』だって言うだけあって、落ち着いたしつらいなのにあちこちにこだわりが感じられるお高そうな部屋だ。元世界じゃあ庶民だった俺だけど、四年弱この中世的な世界で貴族として暮らして、そういうむだな贅沢が理解できるようになってきたのさ。「違いがわかる男のゴー〇ドブレンド」と胸の中でつぶやいたのは、内緒だ。


 今日のお相手は、バカ兄と貴族の連絡役を務めていた男に密着して、そいつが王都の子爵家に保護されたことをつきとめた男の、娘なのだとか。アヤカさんが与えようとした褒美の金を断り、愛娘に「神の種」を与えることを懇願したのだという。まあそりゃあ、一家からすぐれた術者を出せれば、闇一族の中で地位は上がるのだろうけど……親の意志で種付け相手を決めてしまうのは、かわいそうな気がするよなあ。


 やがて小さいノックの後に、華奢な影が滑り込んできた。その姿を見て、俺は不覚にも息を飲んでしまう。


 カラスの濡れ羽色した髪に、黒曜石のような瞳。アヤカさんの髪や瞳も惹き込まれそうな黒色だけど、それよりも濃く、艶めいた真の黒なんだ。日焼け跡どころかほくろすら見当たらない白い肌とのコントラストから、目が離せない。


 その顔を見れば、滑らかに美しいあごの線が俺の目を奪う。鼻も口も小さくかわいらしい感じにまとまっていながらも、強い光をたたえている目だけは大きく、魅惑的だ。東洋人の感覚を残してる俺から見ても魅力あふれる容姿だが、ベルゼンブリュックの男たちにとってはエキゾチックな魅力も加わって、欲望を覚えずにはいられまい、そんな女の子なんだ。


「はじめまして、アゲハと申します」


 立ったまま、深く頭を下げるこの少女は、若い。天性の色気を放ちまくっているけれど、その表情には幼さも残していて……俺より年下なのではないだろうか。


「はい、御屋形様から見れば、数えで二つ下でございます」


 やっぱり。年下と聞いてしまうと、おれの腕白小僧がちょっと元気になってしまう。なんたって俺、この世界でもう十数人といたしているけれど、年下の子としたこと、ないんだよね。これはなかなか、ヤル気がわいてくる。


「闇一族の子作りは、もう少し大人になってからってのが多いと思うけど……」


 そう、十代は敏捷性にすぐれた少女の身体能力を活かして、軽業が必要となる役目を果たし、身体が大人のそれになる二十歳前後で子作りをし、以降は闇魔法術を主体とする働き方に移っていくのが、一般的な闇一族の女だと聞いていた。こんな成人したかしないかギリギリで子作りをするのは、珍しいはずなのだが。


「ええ。私も普通の女ならば、そうしたでしょう。ですが私は『闇の蝶』となるべく定められた女ですので……」


「闇の蝶?」


 俺にはわからない言葉が出てきて、思わず聞き返してしまう。アゲハという名の少女は、少し寂し気な表情を浮かべつつ、教えてくれた。


 一族の闇働きは、何も暗殺や誘拐だけではない。むしろ諜報活動のほうが主で、その中には男女の関係を利用したものも、もちろんあるのだ。男の地位が低いこの社会といえど、事務方の役職は主に男が務めており、重要な情報を持っていることが多い。そんな男を抱き込んで有用な情報を吐き出させるのには、女の吐息に勝る武器はないってことなんだ。


 そんなわけで、魔力や身体能力には劣るが容姿が美しい娘は、男を操り口を軽くさせる手練手管を学び、その魅力を武器に身体を張って一族のために尽くす道を目指さざるを得ないのだという。目の前の少女は、男を誘う蝶になることを運命づけられた、美しきさなぎなのだ。


「他のお役目で一族に貢献できれば良かったのですが……残念ながら私の魔力はEクラス。であれば無駄に整った花のかんばせ、使う他ございませんので」


「そうか……何といっていいのか」


「ふふっ、御屋形様が気にしていただく必要はございません。一族のために必要なことですから。ですがこのお役目につく娘には、初めての相手を自らの意思で選び、一夜つがうことが許されています」


「その相手に、俺を?」


「はい。このお役目、素性を洗われ葬り去られる危険の高いものです。父は私の将来を憂え、いざというときに身を守る力を与えたいと願い……そのためには御屋形様の『神の種』を頂くしかないと思い定めたのです。そしてアヤカ様のお許しを得るため、五日間寝ずに追跡を行い、あの貴族の屋敷を突き止めました」


 しとやかな様子だったアゲハが、ここだけはぐっと胸を張る。自らを助けるため全身全霊を尽くした父を愛し、誇りに思っているのだろう。


「ですから、お願いいたします。私に、御屋形様の種を。もし孕むこと叶わずとも、一夜の思い出を……最高の男性に抱かれた記憶を、私に授けてくださいませ。さすれば……」


 もうこれ以上言葉はいらない。折れそうに細いその腰を抱き寄せ、紅い唇に、自らのそれを重ねた。

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