第39話 神の種って何だよ?

「皆の者、猊下のお言葉を聞いたであろう! ここなるルートヴィヒ卿は、『 洗礼』で儲けた子がすべて母と魔法属性を同じくする女子、しかも全員魔力Aという壮挙を成し遂げたのだ。これを『 神の種』と言わずして、何と言おうや」


 さすがにもう、訳の分からない反論をする貴族はいない。反感が消えるわけもないが、この世界での「 種」のもたらす価値は、彼らを黙らせるに十分だったらしい。だが逆に、俺にとってはありがたくない声が、貴族たちの中から上がり始めた。


「そうなりますと、その少年の『 種付け権』は……」

「我が娘は将来有望な光属性を持っているのですが、婿殿の種を……」

「ぜひ、当家にも『 神の種』を頂きたく!」


 ああこれが、バタバタと俺を王室に取り込みたかった理由か。優秀な魔力を持つ子を出すことが家門の興亡に直結するのだから、子供が産める年代の女子がいる家は、こぞって「 神の種」を求めるだろう。たとえその女子に、配偶者がいたとしても。


 貴族たちの悲壮な訴えを余裕たっぷりに受け止めた女王陛下は、重々しく宣言した。


「うむ、この男……ルッツが持つ『 神の種』の価値は計り知れぬ。軽々に広げるわけにはいかぬゆえ、ルッツの種付けに関しては配偶者であるベアトリクスが管理し、許可を与えた限られし者に授けるものとする。もちろん、成人……十五歳になった後であるが」


 おおっというようなざわめきが広がり、貴族たちの目が、獲物を狙う猛獣のような色に変わる。当然その獲物は俺……というより俺の「種」だ。そして猛獣たちは、俺の種付権を保有しているベアトに、熱い視線を送り始める。


 なるほどなあ、これが陛下の狙いというわけか。「神の種」を思いっきり派手に標榜した上で、それが欲しくばベアトに忠誠を尽くせと。クラーラ殿下を推す貴族も、俺との子を求めるならばベアトに膝を屈するほかない。そして十数年後には、ベアトと親しい貴族家には高い魔力を持った子が次々育って、力関係はより明確になる……次代に争いが起こらないよう、自身が健在のうちに布石を打っておいたということなのだろうな。


 だけどそうなると俺、ベアトの命ずるままにあっちこっち種付けに行かないといけなくなるんだな。出来たら俺の好みも考慮……してくれないか。ベアトが選ぶ相手は、彼女のために働いてくれる家、そして彼女の敵に回らないであろう家、そういう観点で選ばれるのだろうからな。まあ、よっぽどのお相手でなければ、我慢するしかないのだろう。生理的に許せないレベルになったら……ベアトに平謝りして、許してもらおう、彼女も鬼ではないだろうから。


「まあ、これだけの資質を持つこのルッツを単なる種馬扱いというわけにも行かぬ、何か旨味を与えねばなるまい。彼には断絶していたウォルフスブルグ伯の名跡を継ぐことを認め、ベアトリクスの他に側室を持つことも許可しておる。先程威勢良く名乗りを上げておったハノーファー侯爵令嬢マルグレーテは、その一人目ということだな。何でも幼き頃より将来を誓った者とのことであるし、その武勇とSクラスの光魔法は『英雄の再来』と言われているそうではないか、きっとこの男の良き剣となり盾となってくれるであろうよ」


 陛下の言葉に、なぜか誇らしげな表情でグレーテルがうっすい胸を張る。王配の側室なんて微妙な立場がそんなに嬉しいもんなのかなあ。ああそうか、「英雄の再来」って陛下がおっしゃられたことに感じいっているんだろう、グレーテルは俺の母さん大好きだからな。


 それにしたって、俺個人に伯爵の称号なんてのは、今初めて聞いたぞ。そりゃ、男でもすごい大金持ち商人とか伝説級の種馬さんとかに貴族称号を与える時はあるけど、それってせいぜい男爵止まりのはず、伯爵なんて高位貴族になった男なんて、聞いたことがないぞ。う〜む、「これだけ優遇したんだから、種付け励めよ?」ということなんだよな。女王陛下怖い。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 女王陛下と枢機卿猊下がにこやかな顔で掛けた圧のおかげで、不満顔だった貴族どもも表面上は静かになり、宴はにぎやかに進んでいる。


「枢機卿猊下、お力をお貸しくださり、ありがとうございます」


「ふふふ、ベアトには幸せになってもらいたいからのう」 


 この国の政教トップ同士がワインのグラスを片手に和やかに言葉を交わす姿を眺めるベアトは、陶器人形のような表情を少し緩めて、口元にふわりとした笑みを浮かべている。今日のドレスは白地に銀糸の刺繍が贅沢に散りばめられ、胸元と耳には上等のエメラルドをあしらった装飾品が光る。ベアトはいつも綺麗だと思うが、今日の彼女はまた格別だ。その姿に見惚れる俺を確認した彼女が、不意に年頃の少女らしい弾ける笑顔を向けてきて……その唇が開く。


「見て。今日の私、全身銀と碧。全部ルッツの色……私は君のものだって、アピールしてる」


 そんなデレた台詞を不意討ちでぶつけられたら、また一撃で胸を撃ち抜かれてしまう。元世界でも惚れっぽい体質だった俺だ、こんな美少女にギャップ萌え攻撃を喰らって、心臓が暴れるのを止められない。


「さあ、ファーストダンスはルッツと私。ルッツは私のものだって、みんなに見せつける」


 言葉とともに差し出された白く細い手を取り、かなり緊張しながらしなやかな身体を抱き寄せる。う〜ん、なんだかベアトがめちゃくちゃ可愛く見えてたまらん。もしかして俺、この世界で最高に幸せな男じゃないだろうか……ニヤけ切ったその時。


「二番目のダンスは、私とだからね」


「あ、ああ……」


「今、私の存在を、忘れてたでしょう? ベアトお姉様をお慕いするのは当然だけど、私を忘れたりしたら……わかっているわよね?」


 背後に響く冷え冷えとしたグレーテルの声で我に帰った俺は、前途の容易ならざることを悟るのだった。ああやっぱり、取り返しの付かない人生選択をしてしまった気がするよ。



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