第40話 しばしの平和

 ベアトの誕生パーティーではいろいろあったけど、女王陛下や枢機卿猊下が俺の価値をこれでもかというくらい強調してくれたおかげで、何とか無事に乗り切れた。その日以降俺の「洗礼」成績について語ることもオープンになり、お相手を務めてくれた女性たちが名乗り出て、生まれた子供がAクラスの魔力持ちだということを公言するようになると、まだ半信半疑だった貴族たちの態度も、完全に肉食獣モードにチェンジ。ベアトの元には俺の種付けを求める書状が山のように届いているのだという。


 俺としては、生活の平穏が戻ってきたことだけは嬉しいんだが……変に有名になってしまったことについては、かなり不本意だ。それも、俺の努力が一ミリも反映されていないことで評価されてもなあ。


 そして、「未来の王配」になってしまったことで、王立学校での待遇も俺にとっては良くない方向に変わった。昭和の男子校みたいな雰囲気をもつ領地経営科でそれなりに楽しい青春を送っていたのに、政治科に転科を命じられてしまったのだ。政治科は本来女性のみを受け入れる学科なのに、「王配たるもの、国政を学ばずにどうする」というごもっともな校長の訓示とともに、強制的に移らされたのだ。


 休み時間に同級生とエロ話を交換しながらワイワイ過ごす学校生活は、見事終了となり……今や俺は、高位貴族の令嬢しか居ない講堂の最前列で、肩を縮めながらつまんない授業を受けさせられている。そうしている間にも背中には肉食獣たちの視線がぐさぐさ突き刺さり、居心地悪いことこの上ないのだ。


 せめてここにグレーテルがいれば……と思ってみたりもするが、彼女が在籍する軍事科のカリキュラムに俺がついていけるわけがない。何しろ軍事科には、戦闘系魔法や身体強化系魔法に特化したアマゾネスのような強き女性しか、いないのだから。


 こんな境遇に俺を放り込んだベアトはなかなかのものだと思うが、彼女も鬼ではない。彼女に心服する令嬢に言い含め、授業の合間もがっちりと周囲を固めさせ、余計な女が俺に近づかないようにしているのだ。お陰でイジめられずに済んでいるけれど、ジーク兄さんに言わせると違うらしい。


「ベアトリクス殿下は『氷の王女』と言われているけど、実際はかなり熱い方のようだね。ルッツが他の女に目を向けないために必死なんだろう……もはやヤンデレの領域かな」


 う~ん、ベアトがそこまで俺を気に入っているとは思えないけどな。だってグレーテルのことだってあっさり認めたし、アヤカさんに至っては俺が何も言わないのに側室に薦めてきたじゃないか。


「まあ、その辺の機微がわからないと、王配は務まらないよ? 精進した方がいいね」


 たった二つ年上なのに、ジーク兄さんは俺に比べるとずいぶん大人だ。元世界も加えたら数倍人生経験があるはずの俺も、まったく反論できないんだよな。


 そして側室アヤカさんの存在は、公表されていない。「洗礼」で彼女の産んだ子供がSランク闇属性だったことも、Aランクと言うことに改ざんされている。まあ、闇一族の次期族長と、恐らく次々期族長になるであろう子供に関する情報だ……彼女たちを便利に使う王室としては、隠したいところだろうな。


 その代わり、ベアトはアヤカさんに、週に二回ほど俺と密会することを許している。


 まああれだ、ベアトやグレーテルとの結婚は、おれの成人……十五歳になるまであと一年待たねばならず、王族や高位貴族に婚前交渉は、表向きご法度。そして未成年での種馬業務は推奨されていない……ということになれば、思春期真っただ中の猿である俺が今「できる」人は、非公式の側室であるアヤカさんしかいないわけで。アヤカさんも俺とのあれこれは満更ではないようで……下町の質素な宿屋で逢う夜は、必ず日付が変わるころまで盛り上がるんだ。


 そうやって盛り上がった翌日はなかなか大変だ。


 単細胞のグレーテルは露骨に不機嫌をぶつけて来るけど、いつものカフェで一番高い甘味をおごれば、目尻をちょっとだけ下げて許してくれる。それに比べるとベアトは少し難儀だ……いつもの陶器人形っぽいその顔からさらに感情が消え、能面とは言わぬまでも若干蝋人形っぽくなる。


「ごめん、ベアト」


「謝る理由はない。男がその妻を抱くのは当然のこと」


「でもベアト、怒ってる」


「怒ってはいない。だが、ルッツの心がアヤカのところに行ってしまうようで、不安だ」


 翡翠のような目を少し潤ませてこんなことを口にされたら、愛しくてたまらなくなる。思わずぎゅうっと彼女の頼りない上半身を抱き締めると、ベアトの手がおずおずと俺の背中に回され、抱き締め返してくる。そのまま数分互いの体温を感じ合って、身体を離した時には、人形の顔には血が通い、柔らかい微笑みがそこに浮かんでいるのだ。


「大丈夫だ。私はルッツを信じる」


 胸がほんわかと暖まる感覚に、俺が言い知れぬ幸せを噛み締めたその時、ベアトが不意に爆弾発言をぶちかましてきた。


「ルッツ、済まない。急ぎ、種付けをお願いしたいのだ」


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