第41話 初仕事……なのか?
「え? 種付けって、ベアトにかい?」
「ち、違う。私とつがうのはルッツが成人し、婚儀を挙げてから。種付けをお願いしたいのは、別の女性……商家のお嫁さん」
さっきまで想いを通じ合わせていたと思ったのに、早速まったく知らない女に種付けしろってか。俺が誰と子作りしても、ベアトは悲しくないのかな。少しがっかりしてその目を見返せば、翡翠の瞳には涙の膜がかかっている。
「この種付けは、政治案件じゃない。私が小さい頃、お世話になった方への恩返し」
彼女がぽつぽつと説明してくれたところをまとめるとその女性は子爵家の次女、ベアトが五歳から十歳までの間、家庭教師を務めてくれていたのだという。その才を見込まれ新興商家の一人息子と結婚してこの世界では珍しい「嫁」として相手の家に入ったが、夫と一人娘が最近、馬車で移動中に野盗に襲われ亡くなったのだとか。
「彼女は商家の主人としても優秀。だから義父母は娘としてずっと居てくれと言ってくれているらしい。だけど問題は……後継ぎがいないこと、複雑な事情ですぐ娘を儲けないと、いけないそうだ」
「だから……種馬を?」
「そう。私は彼女に大きな恩がある。『精霊の目』能力が覚醒した私の心が壊れなかったのは、彼女のおかげ。種馬が必要なら、王国最高の男性を紹介したい。ルッツしか、いない」
そうか、恩人なのか。だけど、涙目になってまで俺を種付けに出す気持ちが、いまいちわかんないよ。そこまでしなきゃいけないのか?
「これから私は、ルッツに次々と種付け相手をあてがうことになる。それはとても悲しい、悲しいけど……それは国にとって必要なこと、耐える必要がある。初めて紹介する相手が私にとって大事な女性だったら、その悲しさに向き合えると思った」
なんか、この娘の真面目さとひたむきさ、そして意外な不器用さに胸がきゅうっと締め付けられる。俺は、折れそうに細い彼女の身体を、もう一度強く抱き締めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「この度は、ベアトリクス殿下にご無理を申し上げてしまいました。まさか『神の種』とされるウォルフスブルグ伯ルートヴィヒ様をお送り頂けるとは」
二十代後半の温和そうな表情のお姉さんが、俺を迎えて綺麗なカーテシーを決める。さすが王女の家庭教師を任されていただけのことはあり、その姿勢は美しく、寸分の隙もない。義父母は平民だから貴族風の礼は取らないが、深々と頭を下げて敬意を表している。十四歳のガキに最高の礼を施されても困るのだが、実のところ彼らは俺自身にではなく、俺のバックにいるであろう見えない王女ベアトに対し頭を下げているのだろう。
それにしてもウォルフスブルグとかいう家名をわざわざつけて呼ばれるのも、何やらむずむずする。まだ「フロイデンシュタット家四男」の方が座りがいい気がするのだが……それは俺のメンタルが昭和の日本人で、こういう階級社会に慣れてないせいなのだろうか。
「婚約者ベアトリクス殿下の命により参りました。奥様のご懐妊が確認できるまで、こちらに通わせて頂くようにと」
できるだけ下品にならないよう事務的に挨拶したつもりだが、結局目的が目的だ、生々しくなってしまうのは仕方ない。お姉さんの頬が少し紅くなる……やっぱり舅姑の前で、こんな話をすべきではなかったのかなあ。
「有難き幸せ。これからしばらく義娘スザンナは、母屋ではなく離れに暮らしますゆえ、伯爵様の思う時にご自由に、先触れなしで訪ねて頂いて構いません。諸事ご遠慮なく家人に命じて頂いて結構です。我がアルトナー商会一同、こたびのお越しに心より感謝いたしておりますので」
現当主である初老のお姑さんが、もう一度深く頭を下げつつ言う。ようはこの子作りは、義両親を含めた家門の総意なのだと示したのだ。
「伯爵様……はやめて下さい。自分の努力によらず得たものに敬意を払われても微妙な気分なので……私はまだ子供です、ルッツと呼んでくれれば」
「ではありがたく、ルッツ様とお呼び致しましょう。まずは晩餐などご一緒させていただき、ルッツ様のお話などお伺いしたく。当家は新参者ですが食材の仕入れには自信がございます、きっとご満足いただけるのではないかと存じますわ」
お姑さんがそう言うと、スザンナと呼ばれたお姉さんも、誇らしげに背筋をきゅっと格好良く伸ばした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夕食は、確かにものすごく美味しかった。ベアトと一緒に王室の晩餐に付き合う時もあるけど、明らかにそれより旨い。未来の王配が来ると言うので気合を入れた面もあるのだろうが、食材の質も鮮度も、王室のそれに優っている。新興ながら業績を年々伸ばしているという商会の実力を垣間見た気がするなあ。
ご家族を亡くしたばかりの一家なので、しんとした晩餐を覚悟していたが、アルトナー家はさすが商家というべきか、場が沈まないよう適度に気を使って、いいタイミングで話を振ってくれる。俺とベアト、そしてグレーテルの関係はまともな市民には理解できにくいものであったらしく、婚約に至る概略を皿の合間に話すと、かなり面白がられた。そしてベアトと俺の何気ない日常のやりとりを口にすると、スザンナさんの目が驚きで丸くなる。
「ベアト様がもう、そのように心を許されているのですね……」
彼女の知るベアトは、まだ「精霊の目」と上手く折り合えず、近づく者を警戒し心を閉ざすめんどくさい少女であったようで……まあ今でも、親しい何人か以外の者には、一切の感情を見せないからなあ。
そんなこんなで、アルトナー家の人たちとは、仲良くやれそうだ。夫を亡くしたばかりのお嫁さんに種付けするためだけに来る奴なんて、なんだか間男みたいでアウェー感満載だったけど、義両親さんがいい人で助かったよなあ。
そしていよいよ、夜が来た。
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