第38話 枢機卿猊下

 のっけから余分なトラブルでケチがついたけど、ほぼ予定通りに女王陛下が、開会を告げる。


「忙しい中集まってくれた 諸卿に感謝しよう。今宵は、我が次女ベアトリクス十六歳の誕生日を祝う宴である。皆も存分に酒食やダンスを楽しんでもらいたい」


 ほぅっ、というようなため息が、聴衆から漏れる。どうやら女王陛下はいつも、この程度の短い挨拶しかせず、その後はいきなりの無礼講となるらしい。おおらかで良いことだと思うが、今日は貴族たちの期待と違って、陛下のお話がもう少し続くんだ。


「先程、かなりみっともない者がいたようだ。どうやらベアトリクスの婚約に関し不満を持っていたようだな。ここで皆に説明をしておく必要がありそうだ」


 ざわめきかけていた貴族たちが、静まり返る。権力闘争に明け暮れる高位貴族にとっては、最大の関心事なのだろう。


「まず、ここに宣言する。私、女王エリザーベトは、我が後継者を次女ベアトリクスとし、王太女の呼称を与えるものとする」


 おおっというような声が、貴族から上がる。ベルゼンブリュック王室は長子相続ではないが、やはり姉君のクラーラ殿下を差し置いてベアトが後継に指名されることには、少なからぬ驚きがあるみたいだ。


「心配ない、ベアトリクスには王たる器量が備わっておる。併せて宣言しよう、すでに情報がある程度広がっているようであるが、このたび私は、ベアトリクスの配偶者として、フロイデンシュタット伯爵が四男、ルートヴィヒを迎えることを決定し、婚約を結んだ」


 今度こそ、明らかに不満の意志がこもったざわめきが広がる。そうだろうな、俺には興味がないけど、ベアトの婿さんといえば、次期王配だ。並み居る公爵侯爵家が坦々とその座を狙っていたというのに、格下家の、それも無名の四男がヒョイとかっさらっていったのだから。


「諸卿の反応は、わからぬでもない。だが私はこの考えを変えるつもりはない。それは、王室の婿となるこの若者が、神の如き力を持っているゆえだ」


「陛下! 恐れながら申し上げますわ。そのようなお話、とても信じられませぬ。女子ならともかく、王国の発展に資するような能力が男子に具わる訳もなし、王女の好いた男を迎えるため、我々をたばかろうとなさっているのでは? 嘘ではないとおっしゃるならば、その『 神の如き力』とは何か、説明を求めます!」


 今度こそ、明確な異論が、貴族たちから発せられる。それも、国王に向けるものとしては、かなり礼を失した言辞で。ああ、あのオバちゃんの顔は知っている。オルデンブルグ侯爵……姉さんの卒業パーティーで突っかかってきたコンスタンツェ嬢の、母親だ。あの時は仕方なく返り討ちにしてしまったが、おそらくそれ以来俺を目の敵にしている……今回の一見奇妙な婚約を奇貨として、またぞろフロイデンシュタット家を、貶めてやろうというのだろう。


「何もそう金切り声を出さずとも大丈夫じゃ。だがその様子では、私がいくら説明しても、納得しそうもないか。仕方ない、枢機卿猊下をお呼びしろ」


 謹厳な表情をつくりながらも、一瞬俺に向かって口角を上げる陛下。ああ、こうやってどんどんコトを大きくするのは、やめてほしいなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 枢機卿猊下の登場は、やけに早かった。どう見ても陛下は、この事態を予想し、準備万端整えていたに違いない。


 オルデンブルグのオバちゃんも、さすがに深く礼を施す。世俗の権力に関わらないだけで、権威としては王室より大きいのが教会なのだから。


「こほん。わざわざの呼び出し、いかなる御用で?」


「ここなるルッツの力を皆が疑っておるゆえな、猊下に説明を願いたいのだ」


「おお、この少年は……神に愛されし男じゃな」


「何ですと! こんな子供が、何を為したと言うのです! 」


 ムキになって叫ぶオルデンブルグのオバちゃんに、枢機卿のお婆ちゃん猊下はいい笑顔をむける。


「それはのう、この少年が『 神の種』を持っているからじゃよ」


「神の種だって?」「そんなもの、聞いたこともないわ 」「一体それは何だ?」


 口々に疑問の声を上げる貴族たちを、猊下は静かに右手を上げて制した。


「この子の『 洗礼』で生まれた子は全員女子、しかも全員が母親と同じ魔法属性を引き継ぎ、とどめに魔力もみんなAクラスじゃ。このような奇跡の種付け事例が、いったい王国の歴史に、存在したかのう?」


 未曾有の種付け成績に、会場がしいんと静まり返った。だがどこにだって空気を読まない奴がいる。この場合、それはオルデンブルグのオバちゃんだった。


「そ、そんな……洗礼の相手などCクラスかDクラスのはず……そやつらにAクラスの女子を授けるなど……あり得ない!」


「なるほど、そなたは神に仕えるこの身を、疑うのだな」


「いや、決して、そういうわけでは……」


「やむを得ぬな。そなたは、オルデンブルグの者であったな。では、お主の一族は、しばらく教会に出入りせずとも良い。何しろ聖職者の代表である我を、信じられぬのだからの」


 相変わらず枢機卿お婆ちゃんはいい笑顔だが、オバちゃんの顔は、秒で凍りついた。


「いや、あ、そ、それはもしや……」


「もしやも何もないの、世間ではこれを、破門というのう」


「そんな……私が何をしたというのです!」


 いやまあ、十分やらかしてるだろう、そこに気付けないからこうなるのさ。


 この世界で教会から破門されるのは、死ねと言うに等しい。結婚式も葬式も子供の洗礼も人生に必要なありとあらゆる セレモニーは、すべて教会が取り仕切るもの……それが一切出来なくなるのだ。そして、領民たちは貴族領主よりも、教会を信じ依存している……破門された領主が民に見捨てられるのは、当然のことだ。


 オバちゃんはわあわあ騒いでいたけど、結局近衛につまみ出された。まあ、強く生きろ。


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