第178話 どうしようもない兄

「これは予想外の失態だったなあ。あのバカ兄たちは酒や女に対しては貪欲だけど、その欲望が満たされている限り、余分なことはしないものだと思っていたよ」


「ああ、俺もそういう風に聞いていたから、彼らの宿舎に酒食と、商売女くらいなら二、三人は呼べるだけのカネを届けて、それで安心だと思っていたのだが……」


 俺とマックスが頭を抱えている姿を見て、アヤカさんが辛そうな顔で口を開く。


「いえ、本来こういう事態を事前に察知して防ぐのは我々『闇の一族』の責務です。それがなしえなかったことは私の落ち度、誠に申し訳ございません」


 アヤカさんのせいじゃない、俺だって怠け者の兄たちが、そんなカネにもならない悪巧みに労力を注ぎ込むとは、露とも思っていなかったんだ。


「だけど闇一族のことだから、彼らの行動を見張ってくれては、いたのだろう?」


「はい、外部から探れる範囲ですが。あの方たちは朝から夕方まで館に引きこもっておられました。夕刻になると街の酒場に繰り出して、ルッツ様のツケで飲食され……そこで見つけた女性を連れ帰ったりもしていたようです。そして、一旦お持ち帰りされた女性が、自分から兄上様たちの館に通う姿も、たびたび確認されており……」


「そうか、その館でクスリ漬けにして、離れられないようにしたってわけか、許せん」


 マックスが珍しく怒りをあらわにして、拳を握りしめる。もちろん彼もバーデンでは艶福家、多くの女性と夜を共にしているけれど、決して権力を笠に着てモノにしたり、薬なんかで縛ったりはしていない、ごくまっとうな恋愛観の持ち主なのだ。


「ということは……たった今、兄たちのところに通っている女たちが、次の事件を起こす可能性が高いってことだね」


「ルッツ様の仰る通りです。我々も遅まきながら、兄上様の影響下にある女たちをリストアップしました。頻度の差はありますが……たった今あの館に通う女は、十一人確認できております」


 やはり闇一族は優秀だ。騒ぎを防げなかったことは残念だが、リカバリーは早い。


「じゃあ、その女たちを監視して、怪しい動きがあったらすぐ捕らえて。絶対に、第二の事件を起こさせてはいけないからね」


「はい、必ずや」


 アヤカさんが、黒い瞳に強い意志をたたえて、俺を見上げる。うん、任せて大丈夫だよな。そして俺には、すべきことがある。


「よし、あのバカ兄たちに、今度こそお灸をすえてやるぞ」


 そういや、お灸なんてこの世界にはないんだったか……まあ細かいことは気にしない!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 二週間後。下調べと根回しは済んだ、いよいよ奴らを引っ掛けるべき時が来たんだ。


 犯人の女には王都から超特急で取り寄せたクラーラ謹製の特級解毒ポーションと特級精神回復ポーションを飲ませ、正気に戻している。完全に頭がイッてたと思ってたのに、ポーションたった二本でいきなりしゃきっとしてしまったのには、さすがに驚いた。やっぱりクラーラの薬師としての能力は、ずば抜けているよな。


 その彼女の口から、酒場で引っ掛けられて館で薬をたっぷり与えられ、快楽に酔うことを連日繰り返し、それ無しでいられなくなったところで「公国の男を殺せば薬をやる」と唆された経緯が、すでに語られている。なんだかずいぶん古典的だけど、確かに有効な手段ではあるよな。俺たちは事態をベアトと陛下に早馬を飛ばして報告して指示を仰ぎ……陛下の勅命は、すでに下っている。


「まさかと思ったけど……マテウス兄さんとニクラウス兄さんがそこまで愚かだなんて」


 ライトブルーの髪を自然に流した美女が、俺の隣でやや顔色を青白くしながら、諦めたようなため息をつく。そう、俺の愛する、リーゼ姉さんだ。


 今や国軍の魔法部隊を束ねる立場にあるリーゼ姉さんがここに来ているということは、バカ兄のくだらない企みが、もはや国家レベルの大事になってしまったことを意味している。それも当然だ、従軍経験のある三万の奴隷が動乱を起こしたら、鎮圧の為に多大な費用と時間、そして人的犠牲が避けられない。それをわかっていて煽動したのだとすれば、すなわち国に対する反逆行為ってことになる。


「そこまで深く考えていないのかも知れないね、俺に一泡吹かせて、汚名をつけてやろうくらいのつもりなんじゃないか」


「確かに、兄さんたちは遊興三昧の世間知らず……そうなのかもとは思うけど、だとしたらかえって救いようがないわね」


 二人いっぺんに、またため息をつくしかない。バカ兄たちは何も考えていない可能性が高いけど、その背後には必ず、バーデン領の開発を失敗させようと企む黒幕がいるはずだ。


「まずは、兄さんたちにこれ以上愚行を続けさせないこと、そして……黒幕の情報を、どこまで突き止められるか、問題はそこね」


「うん、頑張ろう。じゃあ、作戦の実施は三日後で、おとり役はこっちで用意するとして……」


 俺とリーゼ姉さんは、艶めいた会話とは無縁の、実務協議に入っていった。妻公認の愛人関係だというのに……こんな調子じゃあ、姉さんと約束したあんなことやこんなこと、いつになったらできるんだろう? 




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