第112話 夜ならいいよ?

「ねえ、昨晩は、どうだった?」


 ここは、開拓作業最前線に置かれた、資材テントの中。


 グレーテルにたっぷり唇からの魔力チャージをさせられた後、いきなり浴びせられた言葉がこれだ。言葉の調子は軽いけど、俺に向けられた視線はまるで、殺人光線のように鋭い。下手なことを言うと部下三万人の前で公開処刑されそうな勢いにビビりながら、慎重に言葉を選びつつ口を開く。


「うん、なんとか無事に済ませられたよ」


 できるだけ「命令だから仕方なくやったんだよ、許してハニー」的なオーラを出しつつ、ニヤけないように細心の努力を払って答えたつもりだ。しかしいつも鈍感なはずの彼女が、今日に限っては甘くなかった。


「ふうん、ずいぶん良かったみたいね」


「いや、これは俺にとってはやむを得ざる義務であって、気持ちいいとか悪いとかそういう問題ではなくてだな……」


「でも、良かったんでしょ」


「ハイ……」


 これは勝てない。あとは、たっぷり三十分、容疑者訊問タイムが続く。昨日王女と交わした会話の内容から、夜のあれこれのことまで、全部吐き出させられた。


「なるほど。クラーラ殿下は、女王になりたくないけど、取り囲む貴族の圧力で仕方なく、後継者レースから降りられないってわけね。そこに誰の種かわからない子が出来てしまえば、不道徳な行いを理由にして外れることができるだろうってことか」


「彼女とベアトはそう考えているみたいだけど、そんなにうまくいくのかなあ」


 そう、国民全体の受け止めは確かに、彼女たちの想定通りに動くだろう。だけど高位貴族たちにとっては、王族が貞淑であろうが奔放であろうが正直どうでもよいはず、自分が権力を振るうために扱いやすい駒であればいいと思っているだろう。隠し子ができたくらいで、クラーラ殿下を利用するのを潔く諦めてくれるだろうか。


 そんな懸念が頭に浮かぶけれど、今日のグレーテルは考えに沈む余裕を俺に与えることなく、執拗に訊問を重ねてくる。昨夜何回いたしたかとか、した後ちゃんと優しくしてあげたかとか、腕枕に貸したのは左腕か右腕かなんて、別に聞かなくてもまったく困らないであろうことも含めて全部白状するまで、許してくれなかったのだ。


「えっ……じゃあ、クラーラ殿下も、初めてだったんだ」


「まあ、あんな箱入り王女様じゃあ、男なんてうかつに近づけなかったんだろ」


「そっか……ねえルッツ、女性は初めての男に、特別の想いを抱くものよ。アヤカみたいに『この人を唯一の男性にしたいです』とか言って、このまま側室に納まったりしないわよね?」


「いやいやいや、さすがにそれは、ないだろう……」


 第二王女が正室で、第一王女が側室の王室姉妹丼か……修羅場の未来図しか見えないわ。だいたいそんなこと、女王陛下が許すわけ、ないじゃないか。


「で? ルッツから見て、クラーラ殿下は魅力的だった? 良かったんでしょう?」


「うん。肌がとっても綺麗なんだ、まるで掌に吸いつくみたいにもちもちで……」


 そう、クラーラ殿下の顔は美人の部類に入るけれど、ベアトのような完璧に整った美形や、グレーテルのいきいきと輝く表情なんかを見慣れている俺には、特に感動するようなものじゃない。胸はグレーテルより間違いなく大きいけど、普段からアヤカさんの偉大な胸部装甲を堪能しているせいか、さほど魅力を感じるものでもない。


 俺に刺さったのは、その赤ちゃんみたいにモチっとした、肌の感触なんだ。そんなことを思い出して鼻の下を伸ばしかけていると、俺に注がれる視線が、急に鋭さを増す。


「そう、そうなのね……ルッツは、柔肌がお好みってわけだ。すっぴんで日焼けしたガサガサの肌を持つ娘よりは、そりゃあいいでしょうね」


 しまった、ここは対応を誤ってしまったようだ。グレーテルの目が吊り上がり、グレーの瞳に苛烈な光が宿る。ここは、なんとかフォローせねば。


「うん、クラーラ殿下の肌は素晴らしかったよ。でも俺は、汗に濡れたグレーテルの肌も大好きなんだ、食べちゃいたいくらいに」


 ひゅっと息を吸う音とともに、グレーテルの目が大きく広がる。俺が見つめ続けると、その頬に血色が差し、見る間に耳まで紅く染まる。


 彼女に一歩近づいて、まだしっとりと汗に湿っている首筋を、ぺろりと舐める。ちょっとしょっぱいけど、とてもいい香りがする。男の汗は臭いのに、なんでグレーテルのそれは、こんなに甘く、男を誘う匂いがするんだろう。


 そのまま髪の生え際のあたりをくんかくんかしていた俺は、ちょっと調子に乗り過ぎていたようだ。無防備なお腹に一発軽いパンチが食い込んで、思わずうげっとなる。


「る、ルッツのヘンタイ!」


 相変わらずグレーテルのパンチは的確に急所をえぐってくる。だけど今日のそれは、ずいぶん手加減してくれているみたいだった。


「ねえルッツ、そんなに汗のにおいが好きなら……夜ならいいよ。昼間は恥ずかしくて、だめ」


 うはっ、グレーテルも最近、急にデレる場面が増えてきた。とっても嬉しいけど……夜にグレーテルの甘い匂いをかいだりしたら、俺の方が止まれなくなっちゃうじゃないか。まあとにかく、損ねたご機嫌は取り戻せたみたいで……俺は公開処刑を免れたことに、深い安堵のため息をついた。


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