第111話 お義姉さんと……

「私を『傷物』にして頂きたいのです」


「はい??」


 おいおい、なんのこっちゃ、全然理解できないぞ。


「貴族たちが私を推すのは、本音を言えば操りやすいから。ですが表向きは、血筋と長幼の序から、私が後を継ぐ方が道徳性を重んじる国民にとって受け入れやすいという理由を付けています」


 まあ、それ自体は間違っていないよな。民ってのは決められたルールや前例を守ることを良しとする傾向が強いからなあ。


「ですが、もし私が父親もわからぬ子を孕んだりしたら、私に対する国民の評価は一気に下がるでしょう。ふしだらな第一王女と、皆から祝われて正式に配偶者を迎える第二王女……そうなれば、国民の支持はベアトに集まるはずです」


「いやしかし、それでは殿下の名誉に傷が……」


「私は、名誉などどうでもよいのです。ただ静かに、心安らかに暮らしたいだけ。不向きな女王の役目など放り出して自分にできる仕事を誠実にこなし、慎ましやかに生きていきたい、それだけなのです。ベアトはこの気持ちを理解して『それなら私が背負ってもいい』と言ってくれました。そして二人で考えたのが、隠し子を作ることなのです」


 そう来たか……おどおどしているようでも、いざとなるとぶっ飛んだ行動をする勇気があるんだな。やっぱり、あの女王陛下の血が流れているんだろう。


「そんな相談をするくらい、ベアトとは仲がいいのですね」


 これは意外だった。貴族派閥に引っ張られているにせよ後継者争いをずっとしてきた二人なのだ。こういうおかしな協力関係が築けるなんて、思っていなかった。


「ええ、貴族たちの手前おおっぴらには仲良くできないのですけど、夜中に二人でお茶したり、時には一緒に眠ったりも致しますのよ。私の方が八つも年上ですけれど……ベアトは精神的に大人ですから、何でも話せる唯一の友人みたいなものなのです」


 なるほどなあ。クラーラ殿下が持ってきた「本当の手紙」とほぼ符合する。


 王女自身が大事に抱えてきたあの手紙には、通常の馬車便には書けないベアトの本音がつらつらと記されていた。年が離れた姉への慈しみ、そのささやかな願いを叶えるため、子作り作戦を考えたこと。そしてクラーラに不名誉を着せてしまうせめてもの代償として、彼女には最高の子供を抱かせてあげたい……だから俺の種を付けたいのだと。


 驚いたことにベアトは「神の種」でクラーラに優れた女子が生まれたら、その娘を自分の後継者にしても良いと書いていた。次々期の女王は自分の子である必要はなく、優れた者がやればいいのだと。合理的な考え方をする彼女だけど、ここまで考えているのかと感心した。


 そしてその手紙には、クラーラに伝えていないもう一つの「お願い」が記されていた。それは種付けよりはるかに難題ではあるけれど……それを試みるのは、今じゃない。まずは、この引っ込み思案の女性から、信頼を勝ち取らないと。


 控えめなノックの音が響き、半開きのドアからグレーテルが顔をのぞかせる。


「じゃあ私は今日、アヤカの家にお世話になるから。夜は、優しくね」


 最後のフレーズに、目の前の王女が頬を真紅に染めた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 そんなこんなで、翌朝。


「身体は……大丈夫ですか」


「は、はい。問題はないですと言いたいところですが、あちこちの筋肉が……しばらく起きられそうもありません」


 俺の言葉に、また王女が耳まで紅くなる。昨晩は優しくして差し上げようと思ってコトを始めたのだが、盛り上がりすぎて彼女の体力限界を超えてしまったらしい。種馬としてはお相手のことを十分考えて振舞わないといけないのに……これじゃあ失格だなと反省しきりだ。


 「おもてなし」するべき俺まで思わず夢中になってしまったのは、彼女の肌があまりに素晴らしかったからだ。肌が白いのはベアトも同じだけど、クラーラ殿下のそれはぷにっと柔らかく、モチモチとしたそれは触った手に吸いつくようで……まるで赤ちゃんの肌みたいだったんだ。日焼けしていないのは王宮育ちなんだから当然として、何を食って何を塗ったらあんなモチ肌が二十代半ばで維持できるのか、まったくわからない。もしかすると、彼女のもつ魔力の影響なのかな。


「初めて……だったのですね」


「はい、この年齢で、恥ずかしながら」


 彼女は、二十五歳だと聞いた……俺より十も年上だ。この国では概ね、十五歳の成人から二十歳くらいまでの間に、女性は最初の子作りをする。そう考えると完全に殿下は適齢期をオーバーしている。まあ殿下は次期女王候補、支持する貴族の間で配偶者として名乗りを上げる貴族家が多かっただろうから、パワーバランスを考えたらつがう相手を簡単に選ぶことができなかったのだろうな。


「昨晩はこちらでお相手しましたけど、これからは殿下の宿にお邪魔することにしますね」


「はい。宿では離れの一人部屋を取っておりますので、いつでもおいで下さい。あの……バーデンにいる間は、私のことをクラウディアと呼んでくださいますか?」


「わかりました、クラウディア」


 まあ間違っても大っぴらに人前で、クラーラとは呼べないよな。素直に言うことを聞いてあげれば、彼女はまた頬を紅く染める。偽名であっても男に呼び捨てにされる経験など、この箱入り王女にはまったくなかったのだろう。この男慣れしてなさは、ベアト以上だ。


「では、私は開拓作業に出かけますので、もう一度お眠りくださって結構ですよ。昼頃、侍女を伺わせます」


「ありがとうございます……あ、あのっ」


「何でしょう?」


「……とっても、素敵でした」


 一言だけ言葉を絞り出すのが精一杯で、後は恥ずかしがって寝具をひっかぶってしまったクラーラ殿下は……年上のくせにめちゃくちゃ可愛かった。


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