第110話 意外なお相手

 その夜。グレーテルと俺は、テーブルの上に放り出した手紙を眺めながら、ため息をついていた。


「はぁ……」


 アヤカさんが執事のハンスと、来客を迎える準備を手際よくやってくれている。


「ねえアヤカさん、カオリやホノカは大丈夫なの?」


「ええ、乳母に任せておりますから。ルッツ様のおかげで乳母が四人も確保できました」


 アキツシマの習慣では、貴い身分の母親は子供の養育を乳母に任せるのが普通なのだという。もちろん「教育」は母親が行うのだそうだが。


 四人……ってのはアレだ。アヤカさんが王室にねだって俺に種付けさせた四人の闇一族女性が、ここんとこ次々に出産したからだ。彼女たちの娘もAクラスの魔力持ちで……その母親たちも本来CクラスやBクラスだったはずが、その子がお腹にいる間にみんなAクラス相当の魔力持ちになってしまっていたのだ。そのくらい高い魔力を持っていないとホノカの「魅了」に耐えられないから、必然的に彼女たちが、ホノカとカオリに仕えることになるってわけだ。


 「ルッツ様のおかげ」っていうくだりで一瞬ヒヤリとした空気が伝わってきた感じがするけど、気のせいだよな。うん、気のせい。


「そんなことより、ルッツ様はお客様をきちんとお迎えされてくださいね」


「う、うん……」


 アヤカさんの見えない圧に首を縮めていると、執事のハンスが静かに姿を見せた。


「お客様がお見えです。昼間の冒険者だと言えばおわかりになると」


 はぁ〜っ、来たか。あの手紙は間違いなくベアトの筆跡だった。そこに記されている内容も、信用するしかない……ってことは、あの若いシーフの女性は……


「初めてお目にかかります、女王エリザーベトが長女、クラーラです」


 全身茶色のシーフ姿で、スカートもはいてないのに美しいカーテシーをキメるその姿には、確かな気品があった。ベアトが抱いてくれと言ってきた女性は、第一王女のクラーラ殿下だったのだ。その顔にデジャヴを感じたのは、女王陛下の面影があったからか……だけどこの女性、対立候補じゃなかったんだっけ?


◇◇◇◇◇◇◇◇


「王女殿下、いくら何でも冒険者姿ってのはないでしょう、驚きましたよ」


「申し訳ありませんルッツ様、万一にも貴族たちに気づかれてはなりませんので」


 栗色の頭を深々と下げるクラーラ王女。


「いやあの、貴女は王族なのですから、臣下に頭を下げてはいけませんよ」


「ああ……ついやってしまいます。母上からもたびたび注意されているのですが……」


 肩を落とす王女。何だか昼間も思ったけど、このおどおどした感じ、何とかならないかなあ。王族たるもの、毅然とした姿を民に見せ続けることが仕事だろうに。


「あの、それで……ベアトの手紙に書いてあった内容は、ご承知でしょうか?」


「……はい。私の目的は、ここでルッツ様の種を頂くことです、それに間違いはございませんわ」


 雪のように白く、ぷにっと柔らかそうな頬が、桜色に染まる。いかん、こう素直に恥じらわれると、なんかセクハラをしている気分になってしまうなあ。


「概ねのことはベアトの手紙に記されていましたが……俺の種を求める理由を、もう一度ご説明頂けますか?」


 俺の問いに、おずおずと王女は語りはじめる。ホントにこの人王族なのかと突っ込みたくなる控えめっぷりだが、語る文脈はしっかりしており、行ったり来たりせず明晰だ。事情は聞けば聞くほどめんどくさいが、要約すれば以下のようなものだ。


 まず、第一王女派とされる高位貴族は、ベアトに何か難癖をつけて引きずり降ろし、クラーラ殿下を次期女王にすることを、全く諦めていない。それはひとえに、ベアトが操りにくい君主になりそうだというところに尽きるようだった。


 陶器人形のような無表情からは感情が読み取れず、言葉の罠を仕掛けてもなぜかスルリと躱すベアトは、王を敬して遠ざけ、自分たちが実質権力を握りたい高位貴族にとっては、やりにくいことおびただしい。それに比べるとクラーラ殿下は、狼狽がすぐ顔に出て、グイグイ押されれば流されてしまう気の弱いお方。大貴族たちにしてみたら傀儡君主にぴったりというわけだ。


 そして、女王陛下の意に逆らってクラーラ殿下を推すことにも、ある程度の理がある。ベルゼンブリュック王室は長子相続制ではないが、年長の者が後継ぎになる方が納得を得やすいのは、いずこも同じ。そして何より、クラーラ殿下は帝国との戦で亡くなられた、かつての王配殿下が付けられた唯一の種なのだ。この世界では種馬の子供も、名目上は夫の子として扱われるが、血の正統性を重んじる貴族たちにとっては、王配様の子であるクラーラ殿下の方が、種馬の子であるベアトより「格」が上であると言うことになる。


 そんなこんなで、大貴族どもの大半は機会さえあればクラーラ殿下を担ぎ出したがっているというわけだ。


「クラーラ殿下は、女王になりたくないのですか?」


「はい。ルートヴィヒ卿もご覧になってわかるでしょう。私には君主に必要な威厳も強い意志もございません。私を女王に就けたがっている人たちに、諦めてもらわないといけないのです」


 まあ、言ってることはわかる。この王女の小心っぷりでは、とても専制国家の王は務まらないだろう。大貴族の言いなりに引っ張り回されて、大事な決定など自分で下せるとは思えないからな。


「ですが……殿下が女王になりたくないことと、私に種付けを求めることは、どうつながっているのでしょうか?」


 そのへん、まったくわかんないんですけど?


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