第109話 冒険者たち

 今日もしゃかりきになって木こりに没頭するグレーテルを、ただぼうっと眺めているしかない俺だ。一応「監督」と言うことになっているけど実質の指揮はマックスがとっているわけだし、ようはやることがないんだ……益々「髪結いの亭主」化が進んでしまっているなあ。そんな俺の前を、冒険者のパーティが三組ほど通り過ぎて「魔の森」に向かっていく。


 実のところ俺たちが来る前は、バーデン領の主産業と言えば。冒険者向けの宿屋や物販店だったんだ。


 土壁で囲える程度の狭苦しい畑から上がる収穫なんかじゃ、とても住民は食っていけない。だが住民にとっては恐怖でしかない「魔の森」は、魔物を狩って素材や魔石を狙う冒険者パーティにとっては宝の山みたいなものだ。いくら狩ってもいなくならない魔物を求めて続々やってくる冒険者たちは、飯も食えば雑貨も買う、夜は湯浴みや柔らかいベッドを求める……彼らを相手に商売するのは、意外に実入りがいい。三方を「魔の森」に囲まれた孤島のようなシュトゥットガルトの街がこれまで放棄されなかったのは、そんなわけだったのだ。


 冒険者と言ったら、日本のラノベに染まった俺の脳内では戦士や拳闘士の男が主役、女の子はたいがいヒーラーで、いいとこ魔法使いくらい……なのだが、この世界の「力」は魔法の強弱がすべてだ。戦士も弓使いもシーフも、みんな魔法使いでなければ務まらない……つまり男はよほどのツワモノでなければ、冒険者になれないのだ。ここでも、道行くパーティはみな女性ばかり。たまに男がいるかと思えば、荷物持ち要員だったりする。


 太陽が完全にのぼり、他のパーティがみんな森に入った頃になって、一組が悠然と宿から出てくる。冒険者ってのはたいがいガツガツしていて、できるだけ朝早く出かけて金貨一枚でも多く稼ごうとするもんだが、こいつらはずいぶんと心に余裕があるらしい。身なりも他のパーティと違って汚れていないし、金持ち子弟の道楽ってパターンかな?


 剣を持ったのが二人、いかにも魔法使いっていう杖を持ったのが一人、聖職者風のが一人、もう一人は短剣くらいしか持っていなそうだが、たぶん探索役のシーフだろうな。そんな洞察ができるくらい、こっちに来てから冒険者を見慣れてしまった俺だ。


 奇妙なことにそのパーティは、森へまっすぐ向かわず、俺の姿を認めると、真っすぐ近づいてくる。物陰で俺を護ってくれている闇一族の者が二人、小弓を構えた気配がする。


「そこで止まれ、冒険者風情が何の用だ」


 俺と並んで作業を監督していたマックスが、鋭く警告を発する。これ以上近づいてきたら、闇一族の毒矢が戦士に向かって飛ぶだろう。


「これは失礼した。うちのシーフがやんごとない方から領主様宛に手紙を預かってきているのだ。お渡ししたい」


「そこに置いていけ」


「いや、受け取ろう」


 マックスを制して、俺は彼らの方に進み出る。先頭に立っていた戦士がすっと後ずさり、目深に頭巾を被った小柄なシーフがゆっくりと進み出てくる。害意がないことを示すように、両手で書状を持って。


「どなたから手紙をことづけられましたか?」


「お読みいただけば、おわかりになります」


 消え入りそうなメゾソプラノで言葉を絞り出し、手紙を差し出すシーフの女性。少しおどおどしたような様子だけど、まあ貴族相手じゃ緊張するよな。


 その時、シーフが不意に顔を上げた。その顔を見た俺は、少し息をのんだ。


 肌が凄く綺麗だったんだ。まるで太陽の光なんて浴びたこともないというような、真っ白でシミどころかホクロすらない、雪のような柔肌。そりゃシーフだからお天道様の下では出来ない仕事も多いだろうが……冒険者でこんなに綺麗な肌のやつなんか、いるのだろうか。


 栗色の束ねた髪と茶色の瞳は地味な印象だけれど、目鼻立ちとあごの線は整っていて……なぜかデジャヴを感じる美人だ。齢はアヤカさんよりは上に見えるから……二十代半ばくらいなのだろうか。


「この場でお返事を、差し上げるべきでしょうか?」


「……私たちはしばらくこの街におりますので」


 俺の問いかけに、答えとは言えない返答を残して、地味美女のシーフは静かに後ずさり、パーティに戻っていった。やけに所作が美しいのは、気のせいだろうか。


「開封は、我々にお任せを」


 物陰から聞こえてくる声に、俺はうなずく。まだ完全にあの冒険者たちを信じたわけではない。手紙を開けようとしたら毒針が仕込んであってお陀仏なんてことが、この世界では普通にあることなのだから。


 そして、森に入っていく彼らを見送って、ふと気付く。


「あの戦士たち、歩き方にリズムがあって、綺麗すぎるね」


「おっ、ルッツもさすが、わかるようになってきたな。あれは冒険者なんかじゃねえ、現役の軍人だよ」


 ずっと鋭い目を彼らに送っていたマックスが破顔する。さすがは前線経験豊かな王族だ、とっくに気付いていたっていうわけか。


「残る三人は、軍人の歩き方じゃねえな。あれは……」


「シーフは貴族、魔法使いや聖職者はその侍女兼護衛……ってところ?」


「多分正解だな、こりゃ、ワケアリだぜ?」


 面倒事の予感に深いため息をついて、俺は闇の者が開けてくれた手紙を広げる。あんなおかしな奴らに運ばせるんだ、きっとロクでもない内容が書かれているのだろう。


「え? あれがそうなの?」


 手紙に記されていた内容は、本当にロクでもなかった。

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