第72話 城攻め

 予想通りというか何と言うか、国境を越えて帝国領に進出したベルゼンブリュック軍に対し、帝国軍はまったく手を出してこなかった。


 まあ、それもむべなることか。もともと魔法使いの数においても質においても、ベルゼンブリュックは帝国をはるかにしのいでいた。帝国は大陸一の陸軍力でそれを補ってきたのだが……母さんが放つたった二発の殲滅魔法を浴びて、三万を超える兵力を失ってしまったのだ。


 そんなわけで、国境からほぼ二十キロメートルの間というもの、俺たちはほぼ抵抗に会わず進軍してきている。もちろん帝国がやったみたいに、村を略奪するとか住民を縄で繋ぐとかいう非道なことは一切していないぞ。何しろ女王陛下はお人好しと言っていいくらい、優しい方だからな。


 そして、我々の前方には、帝国軍のこもる重厚な暗赤色の城塞がどんと鎮座している。長年の宿敵である王国への前線基地に位置づけられているだけあり、城郭と望楼が複雑に入り組んで、いかにも攻略が難しい城、という印象だ。


 それなら無視して通り過ぎてしまえば、というわけにもいかない。背後に回られて本国との連絡路を断たれてしまったら、危地に陥るのは俺たちの方になってしまうからな。


「どうだリーゼ。公国で卿が名を上げたアレと同じように『ウォーターカッター』であの城壁を壊してみるか!」


「恐れながら陛下、あれは難しゅうございます。公国の城壁は堅固ではありましたが、大きな石を積み上げた平たい壁一枚。重さが集中する要の石を何個か壊してやれば勝手に自重で崩れる構造のものでした。ですがここの城壁はそれと違います。きちんと煉瓦を一個一個漆喰で固めて積んであって強度は高く、形も平板ではなく入り組んでいます……底部の煉瓦を何個か除けたところで、全体を崩すことはできないでしょう」


 リーゼ姉さんが明快に答える。ウォーターカッターの魔法を活かすため、工兵部隊で建設や破壊工作を学んだ彼女は、構築物の壊し方についていっぱしの専門家になっているのだ。魔法であっても学問であっても、絶対に手を抜かないのが、うちの姉さんだからなあ。


「ふむ。『水の女神』と称されるリーゼでも難しいか。力攻めでは損害が大きいからやりたくはなかったが……仕方ない、やるしかないか」


「待って母様、私にやらせて欲しい」


 陛下が眉を寄せつつ諦めたようなため息をついたその時、決然とした響きのアルトが耳を打った。声の主は翡翠の瞳に明確な意志の光をたたえ、いつもの陶器人形みたいな姿とは見違えるように、生気にあふれている。


「しかしベアト、お前の魔法は木属性で……」


「そう、木魔法は民生用途専門、戦には役立たないって言われてる。私ももちろん、そう思っていた……だけどルッツが希望をくれた。私は、ルッツの言うことを信じる」


 きっぱりと宣言したベアトはとっても凛々しくて……惚れっぽい俺は、またちょっと彼女が好きになってしまった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 弓兵隊が、一斉に弓を引き絞る。


「風属性の者は詠唱開始っ!」


 そしてリーゼ姉さんの命令一下、魔法部隊が一斉に準備を始める。ハズレ属性の小娘扱いだった姉さんだが、西部戦線で為した奇蹟の噂が轟きわたった今は、魔法部隊の総司令官として押しも押されもしない立場を確立している。「水の女神」とかいうファンタジックだがちょっと恥ずかしい二つ名とともに。


「第一射、てっ!」


 斉射された矢は、よく見れば何かおかしな見た目だ。先端に小さな袋が結わえつけられ、とても殺傷を目的としたものには見えないのだ。その奇妙な矢は王国が誇る風魔法部隊の助力を得て通常射程の三倍ほど飛び、城壁や望楼にぶつかって、袋の中味を周囲に撒き散らした。


「第二射、てっ!」


 傍目には、俺たちが何をやろうとしているのかわからないだろう。射手が放った矢は、みな虚しく煉瓦の壁に阻まれ弾き返され、何か怪しい粉のような粒のようなものをぶちまけるだけ。だが、これにはきちんと、意味があるんだ。


 第八射までを確認したところで、リーゼ姉さんは水魔法使いに命じた。


「城に雨をもたらしなさい!」


 まあこれは、水属性の魔法使いならたいがいの者が出来る、いわゆる「雨乞い」だ。旱魃に苦しむ地域で発動したならばまるで聖女のようにありがたがられるであろうが、残念ながらここ十年、この国は雨に不自由していない。宝の持ち腐れ状態であった「雨乞い」を、姉さんは敵の城に向かって使ったのだ。すでに姉さんの信者みたいになっている水魔法使いたちは一斉に呪文を唱え、魔法の雨は城をしっとりと湿らせた。


「ルッツっ! 準備はできたわよ!」


 リーゼ姉さんの声に右手を上げて応えた俺は、今日の主役になるであろう少女に、目を向けた。


「さあ出番だよ、ベアト。君の素晴らしい魔法を、みんなに見せてあげよう。木属性でも国を守るために戦えるってことを、示すんだよ」


「うん……大丈夫、ルッツが信じてくれるなら、私は何でもできる」


 ヤンデレ度が増してきた台詞とともに、俺の美しき婚約者が顔を上げて、大きく息を吸った。

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