第71話 やっぱ忍者じゃね?
「はっ!」
ミフユさんが両手の指を複雑に絡ませて組んだかと思うと、一発気合を入れる。う~ん、あの手の組み方、元世界で見た「九字」の一つだったような気がする。確かあれは……大金剛輪印とか言うやつじゃなかっただろうか。なんだかつくづく闇一族の文化は、昔の日本っぽいよなあ。
「ふんっ!」
重ねて彼女がかけた気合の声が聞こえたのとほぼ時を同じくして、森の様子が変わった。いや正確に言えば、森に漂う煙の流れが変わったのだ。
敵が魔法で着けた火は、森の木を燃やしつつある。だが森に生えている木は、キャンプの焚き木みたいに乾燥していない。水をたっぷり含んでいるから燃えにくいし、火勢が強ければ燃えるけどたっぷりと白い煙を吐き出すのだ。実際に敵が進んでくる方向からは、木が燃える匂いとともに煙が広がってきていていた。
その煙が広がるのをやめ、まるでそれ自体に意思があるかのように再び集まり始めたのだ。そしてそれは敵兵がいるであろう辺りに濃く立ちこめ、彼らの視界を奪った。これってまさに、忍者が操る「火遁の術」的なアレかと、俺の厨二マインドがわくわくしてしまう。
「普段は、煙玉を発動させたところに使う魔法なのですが、今日はおあつらえ向きに煙がもうもうと立ち込めていますので」
うはっ、煙玉とか、いよいよ忍者っぽいじゃないか。それにしても実用的な魔法だ、殺傷能力はないけれど、追手の視力を奪うことで、逃げられる確率をググっと高めてくれるのだからな。
期待通りに敵の前進がピタリと止まり、あちこちから慌てる声や、煙を吸って咳き込む声が聞こえてくる。そこへ向かってサヤさんが立て続けに十本ほどの矢を撃ち込むと、激しい怒号とともに金属の打ち合わされる音、そして苦痛の声……どうやら失われた視界のなかで受けた攻撃に逆上した兵士が、同士討ちを始めたらしい。効果は予想通り、いやそれ以上だな。
苦し紛れに走り回って、異常に濃い煙を突き抜けて姿を見せる奴もいるが、もちろんそれは組織的にではなく、個々の兵がめいめい勝手に出て来るだけだ。そういう奴らの首はみな、やる気満々のグレーテルが瞬時に刈り取っていく。集団で連携して掛かってくる相手でなければ、光属性の魔法で強化された彼女の近接戦闘能力に敵し得る者などいないのだから。ミフユさんが忍者っぽい魔法で煙を操り始めてから十五分くらいで、グレーテルはすでに百を超える敵兵を、それぞれ一撃づつであの世に送っているのだ。
やがて、煙を乗り越えて来る敵は、いなくなった。
「今です、一気に撤退しましょう」
もちろんだ。俺たちはもと来た獣道をたどって、すたこら逃げ出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「そうか、やはり帝国軍は国境の向こうまで撤退したか」
複数の偵察部隊から報告を受け、安堵のため息をつきつつ女王陛下が頭を抱える。今回占領された村は徹底的に略奪しつくされており、復興のためには国庫から莫大な援助が必要となるだろう。
そして本来は豊かな穀倉地帯であったはずの地域は帝国軍に踏み荒らされ、今年の冬を超える麦すら望めない。民を飢え死にさせないために、どれだけの出費が必要となるのか……考えただけで頭が痛くなるであろうことは、理解できる。
「エリザ……まさかこのまま、帝国軍をお咎めなしで家に帰してあげるとか、言わないよね?」
軍幹部たちを解散させた後、夕食の席で母さんがぶっこむ。やけに砕けた言葉は、ここには陛下と母さんの身内しかいないからだ。陛下と母さん、そしてベアト、俺とリーゼ姉さん、そしてグレーテル。
「戦が嫌いな私も、今回ばかりは帝国を許すわけにはいかないと思っている。侵攻してきたことの是非はともかく、ヒルダの魔法を撃たせないために無辜の民を引っ立てて盾に使ったことは、許せぬ」
「私も許せないよ、エリザ」
そう、陛下は戦嫌いだ。二十数年前帝国を破って以降、しばらくベルゼンブリュックは大陸最強国だった。周辺国を切り取ろうと思ったらいくらでもチャンスはあったというのに、全く外征を行わなかったのだ。
だが、それ以上に陛下は、民を思いやる方なのだ。民の生命を盾に取る帝国の所業には、本気で怒っておられるんだよな。
「だが、帝国に鉄槌を下すには、力が足りないことも事実だ。ヒルダが二万数千の兵力を削り取ってくれたお陰で当面攻め込まれることはないだろうが、まだあれだけの兵力がウロウロしていては、帝国領土に攻め込むのはちと危険だな」
「撤退した時点で、二万くらいの兵力がいたはずですが、今はどこに?」
「諦め悪く、国境から二十キロメートルほどの城塞に駐留しているとのことだ。積極的にぶつかる力は残っていないであろうが、我々が退けば、また荒らしに来るつもりであろうかの。のうルッツよ、お主ならどうする?」
はい? 娘さん同様、陛下まで俺に丸投げしてくるわけ? おまけにベアトが、陛下の横から静かに圧をかけてくる。大変不本意なのだが、ここはまた余計なことを言うとしよう。
「攻めましょう。帝国領土を削り取るかどうかは別として、このような侵略を当分したくならないように、痛手を与える必要がありますから。今や戦力はこちらが上、攻め込めば敵は城にこもる可能性が高いですが……籠城されたら、こっちにも策があります」
一気に言い切ってベアトの方を見やれば、白皙の頬を珍しく紅潮させ、何やらやる気に溢れた表情で、輝く翡翠の瞳を俺に向けている。うん、俺はこっちのベアトの方が、好きかも知れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます