第59話 一騎打ち?

 結局俺たちの組んだ二等辺三角形は、敵の精鋭部隊を突き抜け、完全に二分した。もともとリーゼ姉さんの大量殺戮魔法で混乱していた指揮系統は、分断されたことで完全に機能不全に陥り、本来弱いはずの王国軍に包囲されて、徐々に戦力を削り取られている。


 そしてグレーテルはようやく、敵の主将をその視界に捉えた。プレートメイルに全身を固め、馬にまで鋼鉄の鎧をまとわせた、重厚な出で立ちだ。ちょっと見は男かと思わせる体格だったけれど、兜から覗く長い金髪が、女性であることを物語っている。まあ、魔法も使えない男を総指揮官クラスに任じることは、さすがにないか。


「小娘! ここまで突破してきたことは褒めてやろう。だが健闘もここまでだ、主将同士、尋常に一騎打ちで決着をつけてやろうぞ!」


 ここに来てなお上から目線の言い分に、俺も思わず呆れた。二倍以上の兵力を有する絶対優位をリーゼ姉さんの魔法で崩され、最精鋭の重装歩兵部隊をグレーテルの猛戦で突き破られた敵は、このまま行けば間違いなく敗戦だ。ベルゼンブリュック側には一騎打ちを受けるメリットもなければ、義務もないのだ……一騎打ちで一発逆転を狙うなら、むしろ奴らの方が「お願い」しなきゃいけない立場のはずなのにな。


 だけど、うちのエースは、残念なことに戦闘キ◯ガイだ。格好の獲物が目の前で吠えているのを、見逃すわけはない。迷うことなく敵将に向き直って大剣を地面に突き刺す……一騎打ちを受けるという、意思表示だ。身にまとう金色のオーラが輝きを増し、その口角が上がる。髪をお下げに編んでなければ、ストロベリーブロンドが興奮で炎のように広がっていたことだろう。


「見ててね、ルッツ!」


 やる気満々で大剣を構えて立つ少女に向かって、敵将は一直線に馬で突進してくる。高位の火属性持ちらしく、手にする槍の穂先は真っ赤に燃えている。


 おいおい、歩兵に一騎打ちを申し込んでおいて、自分は騎馬かよ。言うまでもなく速度においても打ち下ろす高さにおいても、馬に乗っている方が明らかに有利だ、卑怯とまでは言わないが、騎士道にはもとるのではないか……そう考えてしまうのは、元世界の感覚に縛られている俺だけではないらしく、王国兵の間に、怒りの声が上がる。


 だが、俺の大事な幼馴染は、そんなことは気にしていないようだった。流れるような動きで敵将が放つ渾身の突きをするりといなして、にやりと微笑む。間違いない、グレーテルはこのシチュエーションを、しっかり楽しんでいる。


 必殺の攻撃を躱された相手は、素早く転回してもう一度迫ってくる。今度は避けさせないとばかりに、最高速度で、しかも最短距離をもって。馬の速度と重量が加わった突進はまともに受ければ刺し貫かれるだけ、ひたすら躱すしかないが、避けてばかりでは勝つことはできない。王国軍の兵たちは頼りなげな視線をグレーテルに送っているけれど、俺は何も心配していない……彼女の口元には、余裕の笑みが浮かんでいるのだから。


 必殺を期した刺突だったが、グレーテルがゆるやかな動きで大剣を操り、コツンと横から軽く当てると、槍先は彼女の肩をギリギリかすめて逸れた。そしてグレーテルは腰の高さで大剣を一閃させ……敵将が駆け抜けたと見えたその後、なぜか馬体は騎手を乗せたままぐしゃりと地面に落ち、もといた場所には馬の四肢だけが、綺麗に残されていた。もちろん主将の駆る重装騎馬である、その脚も鋼板でしっかりと鎧われていたはずなのだが……光属性のオーラをたっぷり乗せたグレーテルの大剣にかかっては、両断されるしかなかったのだ。


「一騎打ちは、私の勝ちでいいわね?」


 落馬してもがいている敵将を見下ろして、溌溂とした声で宣言するグレーテル。全速で走る馬から放り出されて地面に叩きつけられたのだ、もはや戦闘を続けられるはずもない、敵ががっくりと全身を弛緩させたのを確認し、彼女は味方の軍を振り返って……地響きのような歓声が上がったその時。


「危ない!」


 往生際の悪い敵将は、唯一自由の利く左手に火炎の魔法をまとわせ、グレーテルに向けていた。俺の叫びを聞いた彼女は、ちょっと驚いたようにくるりと身を翻し、次の瞬間には炎に包まれた手首が、虚しく宙を舞っていた。


「こんな卑怯な奴だと思わなかったから、つい油断しちゃった」


 てへっ、とでも言いそうな雰囲気で舌を出すグレーテルは、飛びっきり可愛い……そう思っていた俺は、彼女の苛烈な本質を甘く見ていたらしい。敵将を振り返るグレーの瞳から発する視線は氷のように冷え切り、鋭く敵を射抜く。


「なめた真似をしてくれたのね」


「小娘が! 一思いに殺せ!」


「そんな楽に死なせてあげるわけないでしょう? 王国を侮り、私を侮辱した罪は、王都に連行してゆっくりと償ってもらうわ。私の雷撃は、なかなか気持ちいいのよ……心臓が止まるまでに、何回耐えられるかしら? ほら、死なない程度に、血は止めてあげる」


 光のオーラをまとった大剣がそこから先を斬り飛ばされた手首に触れると、じゅうっと焦げるような音がして、確かに流血は止まった。止まったんだけど……哀れな敵将は、痛みにのたうち回っている。まあ、ケンカ売る相手を間違えたんだ、それなりの報いは受けてもらわないとな。



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