第60話 魔法の原理?

 平原での戦いは、こうして王国側の圧勝に終わった。「空き巣狙い」と陛下が呼んだ公国軍は万を超す兵力を失い、国境の砦まで退却してそこに立てこもっている。


「どうしたものかな、ルッツ?」


 おいベアト、俺は単なる種馬くんで、軍師じゃないんだぞ。こないだの陣立てのことと言い、いちいち戦に関する意見を求めてくるのをやめてくれないかな。


「私は母さんと違って戦が苦手。だから助言する者が必要。女王に助言するのは王配の務め」


「まあ、そうだけど……俺だって戦なんか得意じゃない、だったら軍の専門家に……」


「ルッツの意見が欲しい。ルッツの言葉が、私の意志になる」


 無茶苦茶ぶっきらぼうな物言いだけど、これはうぬぼれじゃなく、思いっ切りデレられているんだよな。俺が何を言おうと、それを信じて行動するっていう……次期女王の姿勢としてそれはいかがなものかと思わないでもないが、一人の女の子として見たら、ものすごく愛おしく感じる。だが俺の意見で全軍の行動を決めると言われたら、ここは、真面目に考えて答えないとなあ。


「なんだかんだ言って、まだ敵には数千の兵力が残ってる。俺たちがここを引き払ったら、また背後で蠢動するだろう、ここは徹底的に叩いて、しばらくは侵攻を考えられないようにしておくべきじゃないかな。北方は、母さんと陛下がいればしばらく持ちこたえると思うし」


「私も賛成よ」「もうひと暴れできるわね」


 リーゼ姉さんとグレーテルも俺の言葉を肯定する。まあ、グレーテルの方はまともに考えちゃいないのだろうけど。


「うん、決めた。砦を陥として、公国軍を壊滅させる」


 ものすごく重いであろう決断を、ベアトはやけにあっさりと下した。なあベアト、お前本当に、自分の頭で考えたんだよな?


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ところで、あの凄い魔法は?」


 軍議と言いつつ、密室で決めた方針を通達するだけの会を終え、ようやく肩の荷を下ろした感じの俺たち四人は、補給物資から甘いワインを失敬して軽くくぴりとやっている。俺とグレーテルは未成年だが、今日は大人以上に頑張ったんだ、これくらいは許してもらおう。


「あれは……ルッツに教わったのです、私には到底思い付けませんでした」


 ベアトに絶賛されたリーゼ姉さんが、ワインも手伝ってか頬を紅に染める。我が姉ながら、実にこういう仕草が可愛い。


「む? ルッツは魔法が使えないのに、やたらと魔法に詳しいな。確か、リーゼの得意技『ウォーターカッター』とやらも、ルッツの考案だというが?」


「そうなのです。我が弟ながら、なぜこんなに水魔法の応用法に精通しているのか不思議で……」


 いや違うんだよ、魔法に詳しい訳じゃないんだ。元世界では常識だった科学の知識が、この世界では知られていない……それと魔法を組み合わせると面白いんじゃないかと思って、強くなるためなら労力と時間を惜しまない姉さんと、いろいろ試行錯誤しただけなんだよ。


「天空から落ちてきたのは氷の剣であったな?」


「ええ。『つらら』みたいなものと思っていただければ良いです」


「リーゼの力なら水を剣の形にすることは容易い。だが、凍らせる方法が思いつかない」


「それは……剣、あるいは槍のような形にした水の表面を、言うなれば空気に変えるのです」


 そうなのだ、俺が姉さんに提案したのは、水の一部を気化させることによって、水を冷やして氷に変えることだ。水では殺傷能力がないけれど、氷なら重力に任せて落っことすだけで、今日みたいな大量殺戮ができるからな。


「は?」「どういうこと?」


 ベアトとグレーテルが疑問の声を上げる。まあ、そうだよな……そもそもこの世界の人に「水を気化させる、そうすれば周りから熱を奪う」って概念を理解させること自体が、ものすごく難しいことなのだ。水が目に見えない細かい分子でできていて、その距離を近づければ水に、遠ざければ水蒸気になるなんていうのは、俺たちにとっては当たり前でも、この世界では「なに言ってんだ?」的なものだろう。


 姉さんにそれを教えるのにも、たっぷり一時間かかったからなあ。それでも一時間で済んだのは、例のウォーターカッター以来、俺に対する姉さんの信頼度が爆上がりになっていたからで……他の人だったらこうはいかなかった。


 だが、一度それを認識したら、水魔法にかけては大陸随一の姉さんだ。水で形作った槍の表面から分子レベルで水を引っ剥がして無理やり気化させ、「水の槍」から熱を奪って「氷の槍」に変えることを、あっさりやってのけた。そして今日、万を超える敵兵の上に、無数の氷槍を降らせるという、まるで神のような業を現出させてしまったのだ。考えたのは俺かも知れないが、姉さんが持つ化け物クラスの魔力と制御力をもって、ようやく可能になったわけで……俺は大したことはしていない。ああ、後であのアイデアの特許料でも、もらうとしようかな。


「ふむ、また妙な知識。ルッツは不思議な男……だが、そこが魅力的だ」


「そうです、ルッツはその知識で私に、魔法使いとしての誇りを与えてくれました、私の知っていた弟とはもう違う存在のように感じられるのです。まるで、天空から遣わされた預言者のように……」


 うっ、リーゼ姉さんの賞賛が重すぎる。そりゃ、大好きな姉さんに褒められて嬉しくないことはないのだが……氷魔法を教えた頃から、俺を見る視線が教祖様に向ける信者の目になってきてるような気がして、とっても気になる。そんな俺の思いを読み取ったように、姉さんは続けた。


「ルッツ、私にとって貴方はただの家族じゃない、もうかけがえのないひと……だって、灰色だった私の人生を、色鮮やかに塗り替えてくれた男の人だもの」


 弟に向けるにはあまりに熱く、潤んだ眼差しを突き刺されて、俺はどぎまぎするだけだった。ベアトもグレーテルも助けてくれる気配もないし……どうすりゃいいんだよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る