第107話 立ち直りも早い?
「申し訳ございません、私の気遣いが足りませんでした」
翌朝、どうやって昨晩のことを知ったのか、アヤカさんが訪ねてきて深々と頭を下げられてしまった。そりゃそうか、俺たちのまわりには二十四時間体制で闇一族の護衛が張り付いているんだもんな。アヤカさんにはあれこれの醜態が全部筒抜けだ。
「アヤカさんは悪くないよ。こっちで暮らすことになるんだからカオリやホノカと会うのは当たり前になるし……ただ、あれほどグレーテルが子供を欲しがっているとは、俺も思わなかった」
「これ以上マルグレーテ様を傷付けるわけには……一族の住まいは、離れたところに移しましょう」
その時、ばあんというひどい音を立てて、ドアがぶち開けられた。その向こうにいるのは、もちろんグレーテルだ。
「その必要はないわ!」
「グ、グレーテル……身体は、大丈夫なのか?」
「私を誰だと思ってるの。二日酔いなんて光属性の治癒魔法で一発よ」
そう言って薄い胸を張る彼女は、いつも通りに見える。昨日の姿が嘘みたいだ。
「申し訳ございません、マルグレーテ様……」
「アヤカが何に謝っているのかわからないわ、さあルッツ、今日も開拓作業に行くわよ!」
「ですが、私たちが近くにいると……」
「まさか離れて住もうなんて言わないよね。せっかく近くで暮らせるようになったんだから、そんなことしたらルッツがかわいそうじゃないの」
だけど、昨日はアヤカさんの子供を見た後、あんなに荒れたじゃないか。優しいアヤカさんがグレーテルの目から離して置こうって考えるのは、自然だろう。
「あ、うん。昨日はごめん。私は子供が好き……もちろんアヤカの子も大好きで、可愛いと思うわ。だけど昨日は、いつになったらルッツの子が授けてもらえるんだろうって考えたら……ちょっと不安定になっちゃったって言うか」
あれは「ちょっと不安定」で済まない気もするが……そう突っ込みたい気持ちをぐっと抑える。まだ言いたいことがあるみたいだからな。
「でも、もう割り切ったわ。こうなったら、早く結婚式ができるようにするしかないのよ」
「マルグレーテ様、そう申しますと……」
「うん。ベアトお姉様は王都を離れられない。だったら私やルッツが王都に行って結婚式するしかないわよね。だからしばらくバーデン領を離れても困らないように、こっちの領地開発を冬までにガガっと進めてしまえばいいってことなのよ。決めたわ、私の伐採ペースを今日から二倍速にするからね! ほら、行くわよ!」
魔銀の斧をがっと掴んで飛び出していくグレーテルを、俺とアヤカさんは、ぽかんと見送るしかない。あの立ち直りの早さは一体なんなんだと百万遍突っ込みたいけど、今は彼女が元気になったらしいことに、ほっとする。
「大丈夫、なのでしょうか……」
「うん、多分ね。俺の幼馴染は、とっても強いんだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇
「みんな、いいこと? 秋のうちに最低四百ヘクタールは作付けするのよ! それが済むまで全力で働きなさい!」
切り拓いた平原に、グレーテルの高い声が響き渡る。ずいぶん高飛車な言いようだが、それが必要なことは間違いないのだ。その程度の面積で麦を作ったところで、三万近い労働者を養うには足りない。もちろん冬場は魔物や害獣を狩ってしのぐにしても、その前に来春に備えてできるだけ麦を蒔いておくのは、必須条件なのだ。なにしろ国は、向こう一年の食いぶちしか、用意してくれないのだから。
「わかったよお嬢! あたしたちも頑張って森を拓くからね!」
「嬢ちゃんの斧に期待してるよ!」
「きっちり開墾が終わらないと、領主様と結婚できないからねえ」
前線に立つマックスの混成部隊から、景気いい声が上がる。この一万人だけは、実に士気が高い。衣食住は他のグループと差がないけれど、何しろ自分の働きに異性が熱い視線を注いでいるのだ……いいところを見せたくなるのは、男女とも変わらない。すでにあちこちでカップルが誕生しているらしいが、そのへんはマックスにお任せだ。残る二万弱のむさくるしい男たちは畑仕事要員としてしか役に立たないが、それは仕方なかろう。
そして、グレーテルは本当に、ものすごいペースで森を切り拓いていった。一日に五百、いや七百本ばかりの樹木を伐り倒しているだろうか。後に続いて整地する土魔法使いたちが追いつけないくらいのスピードで、魔の森を確実に削っていく。まあ、さすがに魔力の消耗は激しいらしく……一日三回、あたかもおやつを食べるように前線のテントの中で唇をむさぼられる羽目になっている。
最初は伐採担当だった風属性の魔法使いたちは、もう完全にグレーテルの援護にまわっている。魔物の接近を探知し、火魔法使いと協力して倒していくことで、彼女を木こりに専念させてくれるのだ。そして、男どもがひいひい言って引きずってきた丸太を、金属性の魔法使いが速乾加工し、また男どもがログハウスに組み上げる。木属性の女性たちはもちろん、まいた種を確実に育てるべく魔力を注ぐ……みんなで協力して新しい領地を造っているって感じが、なかなか心地いいよな。
「ようし、ガンガン働いて、早く結婚式!」
またグレーテルが、向こうでほえてる。恥ずかしいから、そろそろやめてくんないかな。
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