第158話 パレード

 結局のところ、三日後の本祭までに、テロリストのバックに迫ることはできなかった。まあ、闇族長のカナコさんがいたくお怒りで、絶対に元凶を暴くと鼻息を荒くしているみたいだから、そっちはもうプロフェッショナルにお任せするしかない。結局のところ、本祭の間にベアトに付ける警護を厚くするくらいしか、できることはないのだから。


 そして今、俺は八頭立ての豪華オープン馬車に揺られ、沿道を埋め尽くす見物客たちに向かって、へらへらと笑いながら愛想を振りまき続けるという、苦行に耐えている。


 隣には当然、次期女王ベアトリクスがいる。こんな晒し物イベントなんかイヤで仕方のない俺だが、ベアトは慣れているのか悟っているのか「これも次期王配の務めと言うもの、ルッツは諦めが悪い」の一言で切り捨て、自分はいつもの陶器人形顔を少しだけ緩めて、小さく優雅に手を振り続けている。


 ベアトが久しぶりに王宮外に出るこの本祭は、彼女の生命を狙う連中にとって絶好のチャンス。特にこの市内パレードは、標的たるベアトがむき出し無防備な状態で不特定多数の人間の目にさらされるのだ、危険極まりない。


 もちろん危機管理能力が今一つである我が女王陛下だって、それに気づいていないわけはない。そして本来ライバルであるはずのクラーラも、水面下ではベアトと結託している。そんなわけでみんなで話し合った結果、豪華馬車の一列目に陛下とクラーラ、二列目に俺とベアトが座るという詰め詰めフォーメーションでテロを防止することにしたんだ。


 火炎系や爆発系、投石系といったおなじみの攻撃魔法が一番怖いが、こんな密集した状態でベアトを攻撃すれば必ずクラーラや陛下を巻き込んでしまう。すると、魔法をのっけて強化した弓矢で狙撃するくらいしか手が無くなるわけだけど、こっちは対策が簡単だ。馬車の左右に魔法で風を吹かせ、その風向と風速を不規則に変えてやればよい。どんな強弓でも風の影響を多少は受ける……読めない風が吹くところで、正しくベアトを撃つことなど、できるはずはないからな。今のところ遠距離からの暗殺手段は、封じることができているだろう。


 そして王室の馬車を守る近衛部隊の先頭では、白馬に跨り、同じく白い儀礼用の騎士服をびしっと着こんだグレーテルが、四方に目を光らせている。彼女が馬車の傍にいる限り、近接戦闘でベアトに迫れる確率は、限りなくゼロに近いはずだ。


 これだけしっかり対策をしたつもりだが、生命を狙われた経験などないビビリの俺は、ついつい見物客の中に怪しい奴がいないか探してしまうのだ。


「そんな怖い顔をするのはだめ。国民の前では、常に笑顔を忘れないこと。それが王族の務め……ルッツは、もう王族なのだから」


「ご、ごめん」


「いい、わかってる。ルッツは私と、お腹の子を守ろうと必死になってくれているのだからな」


 ベアトが口角を上げ、民に向ける貼り付けたような笑みとは違った、本当に少女らしい笑顔を一瞬だけ俺に向けてくれる。それだけで苦労が報われたような気がして喜んでしまう俺は、彼女から見たらチョロい男なんだろうなあ。


「ところで、妻にしたい女ができたそうだな」


「え……いや、あれはグレーテルがそう言ってるだけで、俺はまだ……」


 俺とは反対側に薄い笑顔を振り撒きつつ、ベアトがさっきまでの優し気な少女のものから一転して、沈んだアルトで言葉の刃を喉元に突き付けてきた。予想外の攻撃を喰らった俺は、オタオタしつつ言い訳を並べるしかない。


「そのようだな。だが、惹かれてはいるのだろう?」


「いや、それは……」


「惹かれているのだな?」


「ハイ……」


 なんだかこの尋問、グレーテルがやるパターンと同じじゃないか。まあ、ベアトは王族固有スキル「精霊の目」持ち。嘘をついたとて見破られてしまうのだ、正直になるしかない。


「うむ、まああの娘なら、それも良かろう。これまでルッツが種付けする女は年上ばかりだったからな、この辺で年下の女も持たせてやらねばなるまい」


「え、ミカエラを知ってるの?」


「昨日、グレーテルが連れてきた。ハノーファー家の寄り子であるリューネブルク男爵家の養女にする手筈もすでに調えたとのことでな、ずいぶんあの娘を気に入っているようだ。元が帝国人だから側室は難しいと思う、愛人扱いでよいな」


 笑顔を貼り付けたまま、事務的な調子でベアトは続ける。あんなに俺に甘えてくれていたというのに、こんなクールな調子で浮気を推奨されると、なんだかすごく怖いぞ。


「あのさ、ベアトは、俺が愛人増やすこと、何とも思わないの? 一夜の種付け相手じゃないんだよ?」


 俺の問いに、すぐ前に座るクラーラの背筋がキュッと強張る。そうだな、クラーラも一夜の相手というより、あれだけ長く一緒にいて、種付け以外のいろんな共通の目的に向かって働いたパートナーなんだ。公表できない関係でもあるし……むしろ彼女のほうが「愛人枠」にふさわしいのだろう。


「もちろん、ルッツを独占できるなら、そうしたい。だけどグレーテルも言っていた。ルッツはいろいろ規格外すぎて、危険が多すぎるのだ。その危険から守ろうと思ったら、ルッツを想い慕う強い女を、ある程度増やさねばならない」


 言葉を吐き出し終わった瞬間、よそ行きの笑みが一瞬崩れて、切なそうに歪んだ。次の瞬間にはまた人形の微笑みに戻ってしまったけれど……ベアトも一杯悩んだ上のことだったんだな。


「あの娘に邪念がないことは、私が保証する。だが……今のところ娘の方は、ルッツに特別な感情を、持っていないように見えたが」


 さすがはベアト。そう、グレーテルとベアトが許してくれたとて、本人は俺の愛人など、望んじゃいないのさ。

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