第159話 儀式にて
容疑者取り調べみたいになってしまった街頭パレードを終えて、本祭は教会の大聖堂に場所を移す。ここで陛下が枢機卿猊下から「今年の王冠」を授かるのだ。
ベルゼンブリュックには八つの魔法属性にちなんで、同じ数の王冠があるのだ。それは王都の中央教会に納められており、王は一年毎に教会から順番に、異なる属性の象徴となる貴石をあしらった王冠を授かり、翌年にはまた返納する。民たちもその年の王冠属性にあやかって「今年は木年だから豊作かねえ」「お宅の娘さんは風年生まれだから、うちのと二つ違いだ」ってな感じで、日常生活の中で自然に使っているんだ。
火属性を表すガーネットをあしらったティアラを陛下が祭壇に捧げると、枢機卿のお婆ちゃんが水属性を象徴するタンザナイトで彩られた冠を、陛下の頭にのせる。もう、数百年続けられている年中行事なのだそうだが……なんか元世界の新年に似て清新な気持ちになれて、なかなかいいものだ。
そんな雰囲気を楽しみながらも、俺は周りの様子が気になって仕方ない。ベアトを狙う敵勢力が、何かを仕掛けてくるんじゃないかと心配なんだ。
パレードの間ベアトと俺をずっと守ってくれていた帝国戦争奴隷の魔法使いたちは、この神聖な王国儀式の場には当然入れてもらえない。アヤカさんがつけてくれた闇一族の手練れたちも同様だ。彼らは身分制度上、この国の最下層だからなあ。
ここにいて俺たちを守ってくれそうな女性は、グレーテルただ一人……だけど公式には「王女のお婿さんの二号さん」という立場でしかない彼女は、王族として一列目に並ぶ俺やベアトからはるか離れた後方の席しか与えられない。とっさの時に助けてもらうのは難しいだろう。
そんなわけで俺は、ベアトに害をなすものがいないかと、必死で警戒をしているってわけなのさ。まあ、そういう闇の世界には素人の俺程度じゃあ、本気の暗殺者なんか探り出せるわけもないけどな。
女王陛下が返納した王冠を持った枢機卿猊下のもとに、神官服をまとった若い女性が、両手でトレイを捧げ持ちつつ近づく。この一年の役目を終えた王冠を、受け取りに来たのだろう。それ自体は自然なことだけど……なにか違和感がある。女性の腕が、なぜだか細かく震えているんだ。そのひとは祭壇から二、三歩後ずさりしたところで、右手を大きく上げて、一言唱えた。
「光よっ!!」
それは、光属性の魔法使いならほぼ誰でも使えるという「閃光」の魔法。まばゆい光をその身体から発し、敵の視覚を一時的に失わせる、あまり芸のないデバフ技だ。だけど、この場にいる誰も、この国の王族と高位貴族、そして教会のトップが揃ったところで、そんな真似をする奴がいるなんて、思っていなかったに違いない。教会の中にいた者はほとんど、ほんの十秒くらいだけど視力を失った……魔法を使った女性と、なぜか異常な魔法レジスト体質を持つ、俺を除いて。
女性はトレイに仕込んであったらしい短刀を構え、姿勢を低くして突っ込んできた……その狙いは、ベアトに定められている。周りの誰も、まだ閃光のデバフが解けていない。
何かを考えている余裕なんてなかった。俺の身体はまさに、反射的に動いていたんだ。勢いをつけて飛び込んでくる女性とベアトの間になんとか身体を入れないと……あと数十センチだ、お願いだ、この世界に至高神様がいるというのなら、コンマ一秒でいいから時間を止めて欲しい。
そんな俺の願いは、どうやらかなったらしい。身体の右側に女性の柔らかい身体がぶつかる感触とともに、何かに貫かれる、熱い感覚……あ、これ、刺されたのか。
肋骨の、ちょうど隙間あたり……急所を避ける余裕なんてなかったから、もろにヤバいところに食らっちゃったな。多分致命傷だろうけど、これでベアトとお腹の子供が守れるなら、それでいい。もう前の人生と合わせれば六十幾年経っているんだ、俺は十分生きただろう。だけど、グレーテルを悲しませることにはなっちゃうな……それについては、謝るしかない。本当に、ごめん。
そんなとりとめのない思考が、ほんのコンマ数秒の間に脳裏に浮かぶ。だけどそんなセンチメンタルな思いは、耳に飛び込んできた若い女性の悲痛な声にぶった切られた。これは、俺の良く知っている声……クラーラの悲鳴だ。慌ててそちらに視線を向ければ、クラーラが俺たちの反対側のベンチで倒れている。彼女のまとう空色のドレスの胸下から、紅い染みがどんどん広がってゆく。
「クラーラ殿下!」「殿下、いかがなされた!」
宰相を始めとした反ベアト派の高位貴族たちも慌てている。
おかしい。刺されたのは俺だよなと自分の胸を見れば、確かに細長い銀色の短剣は、俺の身体に深々と埋まっている。だがなぜか、そこには痛みもなければ、苦しさもないのだ。
「これは……」
「ルッツっ!」
最後方の席から、まるで光の塊のような勢いで飛んできたグレーテルが、俺とクラーラの姿を見て固まる。だが彼女は、何が起こったのか俺より早く悟ったようだった。呆然としている犯人の女を一発突き飛ばして失神させると、あとは胸に刃物が刺さりっぱなしの夫には目もくれず、クラーラの傍らに走り寄り、光の治癒魔法を唱え始める。
「ベアト、何がどうなってるのか、俺には……」
「金属性の高位魔法使いは『身代わり人形』を造れる」
「あっ……」
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