第157話 もう一人?

 やがて姿を現した賊は、前方に二十人以上、後方にも十ニ、三人といったところ。全員が女性……つまりは、魔法使いということか、思ったより数が多いな。俺の前にはいつの間にかグレーテルが立ちはだかり、ミカエラは俺の横に並んで構える。そして後方に向けては、九人の帝国風魔法使いたちが素早く半円形に展開して迎え撃つ。


 予期していたかのように慌てることなく戦闘隊形を取った俺たちに、敵はややひるんだようだった。この程度で驚きを見せるなんて、こいつらには小物感がぷんぷん漂ってるな。もう少し大物が引っかかればよかったのに。


 実のところ俺の身柄が狙われていることなんか、こっちだって百も承知だった。安全を重視するならフロイデンシュタット家の屋敷にずっとこもっていれば良かったものを、わざわざこれ見よがしにのんきな祭り見物などしていたのは、間抜けな襲撃者を誘うためだったのだ。本当に賢い敵はこんな罠には引っ掛からないだろうと思っていたのだが、こうやって結構大がかりな人数が引っ掛かってくれるとは……敵の中にも間抜けな連中がいるってことなんだろうな。


 前方から来た女のうち十人ばかりが詠唱を始めると、ミカエラがポケットから何かをじゃらりと掴み出す。


「……打ち倒せっ!」


 短く何か呪文らしきものを唱えると、彼女の手から黒い礫のようなものがいくつも飛んで……敵の魔法使いが血しぶきをまき散らして次々倒れていく。よく見れば彼女は碁石のような黒くて滑らかな円盤状の小石を一杯持っていて……それを土魔法の力で撃ち出しているんだ。そういや公国戦で一緒に戦ったおばちゃんが似た術を使っていたけど、こっちの方が護衛としては実用的だ。肩や脚を撃ち抜くほどの威力は、さすが高クラス魔力持ちだよな。


「よくやったわ、ミカエラ!」


 ミカエラの攻撃に敵がひるむ間に、グレーテルが相手との距離を素早くゼロに詰める。こうなったら勝負は見えている。光のオーラをまとったしなやかな肢体を武器とするグレーテルに近接戦闘で敵うやつなんか、いるはずもないからな。三十数えるか数えないかのうちに、前方の敵はほとんど、石畳に沈んだ。


 そして後方の敵が放つ魔法攻撃は、九人の風魔法使いが集団戦で防いでいた。敵主力である火属性魔法使いの火球を三人がかりで突風を起こして逸らし、かまいたちのような風属性の攻撃も、同種の魔法をぶつけまくって相殺する。彼女ら一人一人はみなBクラス程度の実力だが、複数人で連携し、ひたすら守備に徹した動きをすれば、そう簡単に抜けるものではない。


「お待たせ! 私が来たからには、もうやらせないわよっ!」


 彼女らが稼いだほんの一分ばかりの間にグレーテルは前方の敵を地に這わせ、まさに光の勢いで取って返してきて……拳で二人、手刀で五人、そして蹴りで五人を打ち倒した。


「ふん、次期王配をどうこうしようっていう割には、歯ごたえがない敵ね! 私がいつもそばにいることがわかってて、この人数で勝てると思ってるのかしらね? 甘いのよ!」


 おお、久しぶりにグレーテルらしい高飛車な台詞が聞けたぜ。最近、高慢で粗暴だった幼馴染がやたらと可愛くて素直な振る舞いをするから、なんか人が変わったのかと思っていたけど、やっぱりこっちの方が、彼女らしいよなあ。


「うん? 何か言った?」


 いえ、何も申しておりません。ヤバいヤバい、沈黙は金だな。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「ゲルミン子爵……宰相派だけど、かなり小物ね」


 捕らえた魔法使いどもを締め上げて吐かせた黒幕の名前に、グレーテルがため息をつく。おそらく子爵を締め上げたとて、反ベアト陣営の元締にたどり着けるはずもなく……手を出すだけ時間の無駄、ということになるのだろう。


「残念だね。まあ、あれだけ多くの魔法使いを潰しておけば、強硬策には出にくくなるんじゃないの?」


「そうね、それが救いかな」


 数日後の本祭ではベアトも王都市民の前に姿を見せ、笑顔を振りまかないといけない。もちろんテロのターゲットは、俺ではなく直接ベアトに移るだろう。Sクラスとはいえ彼女は木属性の紙防御、直接攻撃系の魔法を食らえば無事で済むわけもない。反対派の魔法使いを三十人以上無力化したのは、ちょっと安心材料ではある。


「ねえ、ミカエラの魔法も、なかなかだったでしょう?」


 ふいに話題を切り替えるグレーテル。まあ確かに、彼女の石礫を飛ばす魔法は、まるで銃のように強力で、しかもやりようは容赦なかった。殺しはしなかったけど、迷いなく身体を撃ち抜き、骨を砕いていたからなあ。無邪気で明るい普段の仔犬のような様子からは、あの残酷さが想像もつかなかったぞ。


「子供の頃から冒険者と一緒に、死ぬか生きるかって戦いをさせられてたみたいだからね……ねえルッツ、彼女をそばに置く気はない?」


 え、まさかと思ってたけど、やっぱりそこへ来るの? 嫉妬体質のくせに、俺の側室や愛人を増やしたがるのはなぜなんだよ。


「いや、あの……『そばに置く』って、『夜も』って意味?」


「もちろん、そういう意味よ」


「あのさ……なんでグレーテルが、わざわざ新しい愛人を俺にあてがおうとするんだよ?」


 俺が積極的に望んでいるわけでもないのに、やたらとミカエラを俺に勧める彼女。俺はもう愛人枠、お腹いっぱいなんだけど。


「ミカエラって、なんか放っておけないのよね。なんか捨てられてた仔犬みたいで……彼女なら、妹みたいに仲良くできると思うのよ。ほら私、妹も弟もいないから」


 グレーテルが、その表情を優しげに緩める。ま、その気持ちは俺もわかるかな。あの無邪気な仔犬は、見ているだけでも癒されるよなあ。


「そして、もう一つ理由があるわ」


 そんな言葉とともに、彼女が真顔にもどる。


「私は強い、恐らく大陸中の誰と戦っても負けないわ。でも……それは近接戦闘に限った話なのよ。今日みたいに大勢の魔法使いに囲まれたら、私一人でルッツの身を守ることはできないの。私はルッツを守りたい……だから、自分の生命に代えてもルッツを一緒に守る、強くて信頼できる女性を、アヤカの他にも揃えたいのよ」


 ああ、やっぱりそういう理由なのか。あんなに直情的だったこの幼馴染が、俺のためならって、こんなにいじらしい反応をしてくれてる。思わずその筋肉質の身体をぎゅっと抱き寄せれば……声はなかったけれど、俺の肩のあたりがしっとりと濡れた。



◆◆◆ 書籍化は順調です。出版社様と初校をやり取り中。くりひと先生のえっちなイラストにコーフンしておりますw ◆◆◆

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