第198話 微妙な洗礼

 そして一週間後。王室の主立った者は皆、中央教会に顔を揃えていた。もちろんそれは、未来の女王たるベアトの子……フランツィスカと名付けられた姫の洗礼を見届けんがためだ。


 今まで俺の種で産まれた子は、みんな母親より一クラス以上魔力が増していた。そしてお腹にいる間に母親の魔力をも、同じクラスまで鍛えてきたのだ。その流れで行くと、もともとSクラスであるベアトの子は、SSクラス確定ガチャだ。女王陛下は四代ぶりに現れる王室SSクラスにはっちゃけまくっているし、教会の外にはもう市民たちがお祭りムードで待ち構えている。


「なんだかなあ。もう結果が見えてるんだから、そんなに盛り上がっても……」


「貴族社会とは、そういうものではない。形が重要なのだ」


 俺の無気力な意見を、いつも通りベアトが一刀両断に斬り捨てる。


 なるほど、そういうものか。ここでフランツィスカがSSクラスだとあからさまに示すことで、貴族たちの忠誠が確かなものになるのであれば、それは結構なことだ。


 もうお馴染みになった枢機卿のお婆ちゃんがにっこり微笑んで、ベアトの手から大事そうにフランツィスカを受け取り、ゆっくりと聖なる水盆に浸けていく。予想通り我が子の身体が明るい緑に輝いて、まるでレーザーのような光束を周囲に放射する光景が……待てども待てどもいっこうに現れなかった。


 確かに最初だけは、フランツィスカの身体がものすごく明るい緑に光ったのは間違いない。あの明るさは、SSクラスにふさわしいものに見えた。だがその光は、何かにかき消されるように失われ、今はまるで平民の子供のように、弱々しいものでしかない。身体それ自体は光を帯びているが、その光が外に向かって放射されないのだ。


「これは……どういうこと?」

「まさか、王族の方が魔力なしなの?」

「そんなはずがあるものですか、最初だけは明るく緑に光ったのを見たわよ!」


 女王陛下がはっちゃけて集めまくった貴族たちが、めいめい勝手なことを言って騒ぎ始める。まあ、そうなるよな。フランツィスカは次々期の女王なのだ……その魔法使いとしての能力が諸国の王や、貴族たちに劣後するようでは、こんな世界じゃ国の存立を危うくするであろうからな。


「ま、まさか……Sクラスのベアトに『神の種』が付いたのに……」


 本来ならここでビシッと貴族たちを一喝し黙らせて欲しかった女王陛下まで、呆然としている。う〜ん、ベアトの懐妊がわかって以降、孫フィーバーがものすごかったから……反動もでかいと言うわけか。陛下の動揺を見た貴族たちが、さらに困惑を深めて、我先に不安を訴え始める。これって、良くない流れだよな……。


「みな、静まるのだ!」


 その声は少女にしては低いものだったが、声量は聖堂を圧するだけのものがあった。ガヤついていた貴族たちが、一斉に口をつぐむ。


「卿らの心配は、わからぬでもない。魔法使いの質量両面で他国を圧倒してきたベルゼンブリュックの王は、優れた魔法使いであらねばならぬ」 


 何人かの貴族たちが、つばを飲み込むのがわかる。これからベアトが吐く言葉が、ベルゼンブリュックの未来を決めるのだ。


「次期女王たる私は、それを理解しているつもりだ。今回の洗礼結果が何を示しているのか、まだわからぬが……もしも我が娘フランツィスカが魔法を能くしないということであれば、私は自分の娘を後継者に指名することはない」


 ざわざわっと、貴族たちに驚きの声が広がっていく。この世界で血統は何よりも重視されるもの……産まれたばかりの我が子に至尊の冠を継がせないと宣言する王など、あり得ないのだ。


「そんなに驚くことはない。王などというものは、その時代に最も優れた者がやればよいのだ」


「しかし! そんなことを仰られては、魔力に優れた者が野心を抱き、国が乱れます! 国の安寧は、王家が脈々と治めてこそ保たれるのですぞ!!」


 やたらと合理的なベアトの言葉に、こないだ宰相になったばかりの地方伯爵が、決然と反論する。うん、ベアトの人選だと言うけど、いい人みたいだな。自分を引き上げてくれた相手に忖度せず、国のために最適と信じる道を説くなんて、なかなかの志士だよな。


「そうだな、卿の主張は正しい。心配するでない、私も王家以外の者に継がせようとは思っておらぬ」


「と、おっしゃられますと……」


「いるではないか。おそらく大陸唯一の、二属性持ちが」


「ル、ルイーゼ殿下のことで……?」


「そうだ。私はここに宣言する。我が娘フランツィスカが長じて後も魔法の才開花せぬときは、我が姪のルイーゼを後継に指名するであろう。ベルゼンブリュックの未来に、一点の曇りもないのだ!」


「まあっ!」「確かにそれなら安心……」「フランツィスカ殿下も、成長されれば才能が目覚めるかも……」「そうね、今心配しても、始まらないわ」


 これまで派手なパフォーマンスをやるシーンなど見せたことがないベアトが、きっぱりと意志を示したことで、貴族たちの不安は、一気に収束へ向かった。そう、所詮は「次の次」の女王のことなのだ……その頃には引退しているだろう現当主たちがハラハラ心配することでは、ないのである。


 かくして、王女フランツィスカの洗礼結果は、うやむやにされた。庶民たちに至ってはそもそも、姫の誕生にかこつけてお祭り騒ぎをしたいだけなのであって……街はその日、未曾有の喧騒に満ちた。


 俺たちにとっては、重たい宿題を残して。


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