第217話 氷の女神、爆誕
リーゼ姉さん率いる第一魔法部隊は、それから十日間バーデンを拠点に活動した。演習を兼ねた魔物討伐あり、魔の森深く踏み込む国境方面の巡察あり、なかなか大変そうだった。
魔法部隊の中でも特に第一部隊は魔法オタク集団なのだそうで……一日三回グレーテルが魔銀の斧を振るって森の木をなぎ倒す時間になると、人垣を作ってよだれをたらさんばかりにそのシーンを食い入るように見つめているんだ。まあ、グレーテルのアレはもはや反則技、もう何回も見た俺でさえ、目をみはってしまうからなあ。
そんなこんなで色々忙しいはずなんだけど、姉さんは毎晩、俺との時間を作ってくれた。
「ごめん、姉さんは明日も仕事なのに、俺ってこんなことばっかり求めて……」
まあ「こんなこと」は、さっきまで二人夢中になっていた、イケナイことだ。姉さんも満更ではなかったようだけれど……マックスに仕事を任せて何時まででも寝ていられる俺と違って、姉さんは兵隊さん時間で生活しているんだ、負担はかけちゃってるよな。
「ふふっ。私も、ルッツとしたいから、ここに来ているの。だって、子供ができちゃったら、あと一年弱『できない』じゃない?」
真面目で清楚なイメージしかなかった姉さんが、そんなふうに艶然と微笑うのを見たら、俺の猿がまた暴れん坊になる。姉さんもそれに素早く気づいて、また身体を寄せてきて……もはやお約束になった二回戦に突入してしまうのは……俺のせいとばかりも言えないよな。
ガツガツした一回目とは違った味わいのそれを十分に楽しんだあと、一杯の水を補給して、いわゆるまったりピロートーク。だけどさすがは真面目な姉さん、こんなときでも話の中身は、たった今部下を率いて実施中の、魔の森巡察の様子になってしまうんだ。
「魔の森は二度目なんだけど……魔物の『湧き』が変わった気がするのよ」
「変わったって……どんな風に?」
「明らかに、外縁部でも魔物が増えたわ。そして、こんなところに出てくるはずがない、強い魔物も出てきてる。湧きが激しくなってきているのよ」
それを聞いて、ちょっと不安になる。もしかして、ここ一年くらいものすごい勢いで「魔の森」を俺たちが……というよりほとんどグレーテルが削り取っていることが、何か影響しているのかな。そういや元世界でも言ってる人たちがいたなあ。野生動物の領域を人間が開発するから、彼らが居場所をなくして人間の領域まで出て来るんだとか……俺はあまり信じてなかったけど、魔の森に関してはそういう可能性もあるな。
「そんな感じじゃないわね」
俺の懸念を聞いたリーゼ姉さんが、即座に否定した。
「あなたたちが切り拓いたのは、広大な『魔の森』のほんの外縁部。森の生態系に影響なんてないわ。今回のは、森の奥からひしひしと圧力が加わってくる感じなのよ。私たちが踏み込めない森の最深部で、何かが起こっているはず」
さっきまでとろけていたはずの美貌を、いつもの透明感あふれるクール系に戻して姉さんが口にする推測には、うなずかざるを得ない。だけどそれって、ものすごく怖いこと言ってる気もするよね。俺たちが開発を進めようと進めまいと、いずれ森から魔物があふれ出てくるって……せっかくここまで開発したのに、そりゃないよなあと言いたくなる。
「まあ、今すぐどうこうなるとは思わないけど……きちんと防衛準備することよ。魔物があふれても、最初の一週間粘って耐えてくれれば、私たち国軍魔法使いが駆けつけるからね。たった今、シュトゥットガルトの街には城壁すらないから、一日すら持たないでしょう……そろそろ考えるべきだと思うわ」
すっかり愛人から軍人にチェンジした姉さんのお説教に、俺はこくこくうなずくしかないのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二週間の演習を兼ねた巡察の後、リーゼ姉さん率いる第一魔法部隊は、王都への帰途についた。そしてなぜか俺は、彼女たちの隊列に混じって、馬を駆っている。
まあ、こうなったのはアレだ。姉さんが森の異常をグレーテルにも話して、直ちに陛下に報告すると宣言した時、俺の幼馴染はさらっと言ったんだ。
「ルッツも、リーゼお姉様と一緒に行きなさい。陛下はバーデンに、魔物に対する何らかの備えを命じるはず、領主がそこにいた方がいいでしょ」
いつもの勝ち気な目を少しだけ緩めたグレーテルの意図を汲んで、俺は反論せずうなずいた。彼女は別に俺が直接勅令を受けることなんかどうでもいいと思っているはずだ。本気ですぐ命令を出したければ、アデルにひと声かけたら三分後にはバーデンに届くのだから。
じゃあなぜ……って、そんなの決まってる。この幼馴染は、リーゼ姉さんに少しでも俺と一緒の時間をプレゼントしようとしているんだ。
姉弟がつがうことを教会が公式に禁じている以上、俺と姉さんは白昼堂々といちゃつくわけには行かない。俺たちの関係は、あくまで日が落ちた後、秘めやかに営むべきものなのだ。加えて、姉さんは年間通じて昼も夜も多忙を極める軍人だ……一緒の夜が過ごせる機会など、そうそうないはずだ。
だからグレーテルは、俺と姉さんの新婚旅行をアレンジしたつもりなのだろう。愛人との夜を妻にセッティングされる気分は何とも言えないが……自身に子供ができてからというもの、グレーテルは本当によく気がついて、配慮の行き届く女の子になった。特に、俺のまわりにいる女性に対して。
ま、そういうことなら……というわけではないが、俺は指揮官の天幕で連日朝を迎えている。アントニア卿のはからいで従卒も遠ざけ、二人きりの素敵な夜を過ごすことができたんだ。
そして迎えた三日目の行軍は、あいにくの冷たい雨天。俺の前を騎行していた姉さんが、突然馬を停めて、なにか身体を確認している。自分の手をしばらく見つめた後……その掌をしっとりと濡れた大地に向けた。
それは、不思議な眺めだった。姉さんの前で、まるで銀の扇でも広げるように、大地が氷の結晶に覆われていくんだ。その先に立っていた数本の木は瞬く間に白く凍って……やがて氷結の膨張に耐えられず、轟音をあげて真っ二つに裂ける。これって、凍裂ってやつか。
やがて俺たちの前に広がる荒野は、見渡す限り一面の氷原になった。
「ね、姉さん……これって」
「ええ。私にもわかったわ。下腹から、力が湧いてくるの。お腹に宿った……宝物からね」
次の瞬間、第一魔法部隊の将兵から、低く力強いどよめきが、大波のように起こった。彼女たちの指揮官が、疑いなく大陸一の水、いや氷魔法使いになった瞬間を目にした喜びに、その声はいつまでもこだまして……姉さんは堂々と、その中心に立っていた。
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