第216話 俺って有害?

 アントニア卿は「し、小官は、討伐隊に指示をいたしませんと!!」とか、わたわたしながら言ったかと思うと逃げるように立ち去ってしまった。いやはや、なんか俺とリーゼ姉さんでセクハラを仕掛けたみたいで、微妙な気分だ。


「あのひと、俺たちよりずっといろいろ経験しているはずなのに……」


「まあそのあたりの事情は、親しくなったらいつでも聞けるでしょう。私が子供を産んだ後には、きちんと種付けしてあげてね。そうそう、ベアト様のお許しも、もう頂いているから」


 あ、そうなんだ。ベアトがオーケーしたってことは、異心がないことを「精霊の目」で確認済ってことなんだろうな。そこは安心だけど……すでに逃げ道もふさがれているってわけね。最近俺のまわりの女性は、何だか手回しが良すぎる気がするぞ。


「あれ、イヤだった? アントニア卿は齢こそ上だけど、ばっちりルッツのストライクゾーンだと思ったのだけれど?」


「イヤじゃないよ。むしろ好みだけど……ってそういう問題じゃなくてさ。ようやく姉さんとこういう関係になれたその日に、他の女性のことを考えたくないっていうか」


 俺の答えに、姉さんが目尻を優しく下げた。


「ルッツのそういうところ、大好きよ。でも私はこう思うの。ルッツのように素晴らしい男性は、誰かが独り占めしていいものではないわ。この国に住まう心正しき女性は、みなルッツの子を望む権利があると思う……まあ後は、ルッツの気持ち次第だけどね」


 生真面目な姉さんは、俺の「神の種」を合理的に捉えているらしい。国や社会全体を強くする、一つの手段として……。


「勘違いしないでね。私は子供の魔力が高いとか低いとか、どうでもいいの。大好きで、尊敬するルッツの分身なら……男の子でも女の子でも、魔力があってもなくっても、心から欲しいと願うのよ。早くこの子を、この手に抱きたいわ」


 そんな可愛いことを言いながら下腹に掌を当て、優しくさする姉さんの姿にグッときてしまう。姉さんの細いけどしなやかな筋肉がついた腰を引き寄せ、その唇を奪う俺なのだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 朝っぱらから盛り上がっちゃったけど、真面目に仕事に出かける姉さんを延長戦に引きずり込むわけにもいかない。別れがたい気持ちを振り切るように、姉さんはアントニア卿とともに部隊へ戻っていった。もちろん、怠惰な俺は二度寝を決め込むわけさ。いくら俺が思春期の猿とはいえ、全力を尽くした四連戦で疲れがたまってしまうのは、仕方ないからなあ。


 昼頃になってようやく開拓現場に顔を出した俺を、お腹が目立つようになった幼馴染の生暖かい視線が迎えた。いつもの殺人光線じゃないところが、ちょっと救いだ。


「ふうん……満足そうな顔しちゃって。おめでとう、よかったわね」


 意外なことに、グレーテルのコメントが優しい。まあ「リーゼお姉様と家族になるのは歓迎よ」って言ってたしなあ。


「うん、ありがとう。だけど、グレーテルとできないのは寂しいな。子供を産んだら……またしてくれるよね?」


 俺の言葉に、幼馴染の頬が一気に紅くなる。もうさんざん夜の大運動会で攻撃職にふさわしいパフォーマンスを発揮してきたのだから、いまさら恥じらう必要もないように思うのだが……女の子としては、そういうものではないらしい。


「うん。早くルッツと、また愛し合いたい。だから今は、この子を丈夫に産むために、全力を尽くすわ」


 そう言いながらグレーテルはその左手にプラチナ色の光をまとわせ、ゆっくりとその下腹にあてた。まるでお腹の子供と、魔力で会話をしているような光景だ。


「あのさ、俺も、触っていいかな?」


 そんなほっこりした交流に俺もまじりたくて、そんなお願いをしてみる。だけどいつもならボディコンタクト大好きなグレーテルが、今日ばかりは考え込んでいる。


「どうしたの?」


「う〜ん、私もルッツに、お腹に触れて欲しいのよね。触れて欲しいのだけど……ほら、臨月のベアトお姉様やアデルのお腹にルッツが触ったら、何が起こったっけ?」


「あ……」


 そうだった。二人とも、直前までなんの兆しもなかったのに、俺がお腹に触れたとたん陣痛が始まって、あれよあれよという間にお産に突入してしまったのだったっけ。さすがに二連発ともなると、俺の魔力が何かお腹の子に影響を与えたとしか思えないわな。さすがにたった今産まれたりすれば、なんぼなんでも早すぎる。もう少しグレーテルのお腹で、ゆっくりしててほしいから……今は控えよう。


「ルッツの魔力が悪さをするわけないとは思うんだけど……やっぱり最初で最後の経験だからね、大事にしたいのよ」


 うん、その気持はわかる。俺だって、可愛い幼馴染の子には、わずかの危険だって近づけたくないよ。


 そしてグレーテルも、今回の受胎を「最後」だって思ってるんだな。彼女の魔力がケタ違いに上がったせいで、アヤカさんのデバフも、もう効かないだろうし……俺の弱っちい「種」の攻撃力では、SSクラスなのかSSSクラスなんだかはわからないけど、めっちゃ強化された光の防御を突破するのは、不可能だよな。


 まあ、そんなこと、今は考えないようにしよう。あと二ケ月で俺とグレーテルの、待ちに待った子供が、生まれてくるのだから。きっと彼女に似て可愛いだけじゃなく活発な、女の子が。


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