第219話 俺の子供たち

 三ケ月前から、王宮には乳児室がしつらえられている。それはクラーラとベアトという王女二人に、ルイーゼとファニーという子たちが相次いで産まれたゆえであるが……結局そこにはアデルの子エーリカ、そして多忙を極める母親たちに代わって赤ちゃんの世話を受け持つ五人体制の乳母たちの子も合わせ、全部で八人の赤子が集められているわけなのだ。まさに託児所状態だよね。


 ちょっと前なら王女と乳母の子を一緒にしたり、クラーラとベアトの子を並べたりしたら、高位貴族たちが目を吊り上げて非難の声を上げたであろうが……先日の大掃除で宰相以下の「クラーラ派」が一斉に失脚して以来、そんなことを気にするやつはいなくなっている。母親の中で一番偉いベアト自身が「一ケ所に集めた方が効率いいではないか」と言っているんだから、確かに何も問題はないよな。


 そんな赤ちゃんだらけのところに踏み込んだら泣き声がギャンスカうるさいだろうなと身構えて訪ねた俺だが、意外なことに子供たちは皆、静かなものだった。貴族の子って泣かないのかなと思ったけれど、そんなわけはないわな。どうやら、乳母の一人が歌う、風属性の魔法をたっぷり乗せた子守唄のおかげであるらしい。催眠というより、精神安定効果があって、大人にも効く魔法なんだそうで。この世界、女性の紡ぐ魔法が社会を動かしているのは知っていたけど……子育てにも魔法なんだなあ。


「うあう〜」


 子守唄の誘惑に負けずぱっちり空色の目をあいているのは、ベアトの娘フランツィスカ……ファニーだ。いかにもファンタジー設定っぽい碧色の髪はこの三ケ月ですっかり生え揃い、顔立ちはもうすっかり整って、まさにひたすら可愛い。俺の姿を見つけて、小さな両手を一生懸命こっちに伸ばして、何か誘っているようだ。手を差し出せば、両掌で俺の親指をしっかりホールドして、何やらご満悦だ。そういやクラーラの子ルイーゼも、俺の指がやたらと好きだったよなあ。これはもしや、俺の魔力を求めているのだろうか。こんな小さい子に魔力補給とかしちゃって大丈夫なのかなあ、害があったりしたら……。


「心配ない、ルッツの魔力が有害なはずはない。女を幸せにする魔力なのだからな」


 また俺の思考をナチュラルに読み取ったらしいベアトが、信頼あふれる言葉をくれるのが嬉しい。ちょっとひいき目が入って、いまいち根拠の乏しい信頼度だけどな。


「そっか……すっかり可愛くなったなあ」


「何を言う。ファニーは、生まれたその日から可愛いぞ」


 いやはや、あのクールなベアトが、すっかり親バカになってるぞ。


「うん……」


 確かに、なんだかわからないけど胸の奥から、可愛い可愛いって気持ちが湧き出してくるよなあ。元世界の息子が小さい時も可愛いという気持ちはあったけど、これほどじゃなかったな。やっぱり女の子ってのは、格別だよなあ。


「む……ファニーから、緑のオーラが出ている。ルッツの魔力を受けている間は、精霊力に魔力が勝るのかな?」


 へええ。俺にはよく見えないが、高クラス魔力持ちのベアトには、違いがはっきり見えるらしい。


 そう、本来SSクラス相当の魔力を持つらしいファニーは、なぜか彼女に取り憑いた「精霊」に抑えられて、その魔力を放出することができないでいるのだ。このままでは王位継承が難しくなってしまうのだが……そこについてベアトが気にしている様子はない。ただファニーが将来、選べる道が少しでも多くなるようにと心を砕いていて……落ち着いたら「魔の森」に踏み込んで精霊使いとのつながりを探ると宣言しているんだ。魔物があふれそうだって言うし、しばらくは無理になりそうだけどなあ。


「大丈夫だ。この子を必ず、幸せにする。だからルッツも……お願い」


 少し切なげな上目遣いを向けられたら、うなずくしかない俺だ。まったくこの妻は……いつも逃げ道を、さらりとふさいでくるよなあ。まあそんな賢いところも、好きなんだけど。


 そんな俺の想いをまた読み取ったのだろうか、ベアトは人形顔を崩して、ふわりと微笑んだ。


「さあ、ここにはまだ、ルッツの分身が二人もいるのだ。愛でてゆかねばな」


 うん、そうだね。さっきから背中に、静かな圧力を感じるからなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 紫の髪に、キリッと凛々しく切れ上がった紺色の目。そして、鼻筋もあごの線もすっきりくっきりしてきたこの赤ちゃんは、間違いなくアデルの子だよな。大きくなったら後輩の女の子たちに追っかけられる未来図が、容易に目に浮かぶ。


「三ケ月ともなると、カッコ良くなるね。アデルにそっくりだなあ。賢いところも、似てくれるといいなあ」


 まあ、半分は俺の怠け者遺伝子なんだ、アデルみたいな秀才になるのは、期待できないか。そんなことを思ってふと振り向けば、さっきからねっとりした視線を俺に注いでいた王太女首席秘書官が、口角をキュッと上げた。


「もちろんです。この子はフランツィスカ殿下に仕えるべく生を受けた者、殿下のお役に立てるよう、厳しくしつけ、育てます」


 その気合の入りように、やや引いてしまう俺だ。


「あんまり無理しちゃいけないと思うんだよね。ほら、子供にはいろんな選択肢があるんだし……頭の中身が、俺に似ちゃうかもしれないからさ」


「大丈夫です、この子には未来の王国を支えてゆく才があります、間違いございません」


 あれ? 一番冷静沈着で理性的なはずのアデルまで、なんだか親バカモードになってるぞ。


「わかるのです、だって、母親ですから。それにこの子だって……フランツィスカ様と幼い頃から過ごしておれば、このお方に尽くし全てを捧げたいという欲望に耐えられるわけがありません。死ぬ思いをしてもお役に立つ努力をするでしょう。だってこんなに、愛らしくていらっしゃるのですから」


 うん、そこだけは、全面的に賛成だよ!

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