第201話 コルネリアさんの事情
俺たちが朝を迎えたのは、下町の安宿だったようだ。護衛たちはおカネをそれほど持っていないから、自分たちの判断で俺を担ぎ込めるのは、連れ込み宿に少し色を付けたくらいのそんな場所しかなかったということらしい。何しろこの世界では、宿泊料は全額前払いが常識だからなあ。いやはや、彼女たちにはものすごく迷惑をかけてしまった。
朝っぱらからのエクササイズに疲れて結局二度寝してしまった俺とコルネリアさんが朝食を摂りに食堂に降りたのは、もう太陽が見上げる高さに昇った頃。そこにはミカエラともう一人の護衛隊員が、のんびりとお茶を飲んでいるところだった。
「ご、ごめん、みんな。世話をかけちゃって……今後はこんなこと、ないようにする」
「いいんですよ! おかげで隊長の悲願も果たせたようですし、ねっ!」
弾むアニメ声を返してくるのは、もちろんミカエラだ。もう一人の護衛は親指でグッとフィンガーサインなど出してきて、コルネリアさんもそれに応じていたりして……どうも俺の醜態が彼女にとってチャンスであったらしいことは、事実みたいだ。
「ええ、ありがとう。とっても大事なものを頂けたわ……あとは、お腹に留まってくれるかどうかだけね」
そんなことを言いつつ、コルネリアさんの表情は確信に満ちているようだ。まあ、今までの戦歴を見れば、一発命中しなかったのって、グレーテルだけだもんな。
「大丈夫ですよ! きっと隊長似の、優しくて能力の高い風魔法持ちが産まれます、楽しみですね!」
「そうなることを望んでいるわ。そんな子ができたら厳しく鍛えて、必ずルッツ様のお役に立てるように育てるつもり」
う~ん、この二人の会話、気が早すぎるわあ。確かにそんな誓紙を交わしているのは知ってるけど、コルネリアさんはもう、子供を俺に仕えさせるって決めてかかってるところが怖いぞ。バーデンの将来にとっては、ありがたいことだけどな。
「うん、まあ……とにかくいろいろお世話をかけたね。宿代なんかは足りた?」
「……ギリギリ足りるかと思ったんですが、ちょっとだけ」
「ミカエラがいつもの食欲を発揮して、屋台で串焼きなんか買わなければ、間に合ったのよね。そのせいで隊長の大事にしていたトルマリンのブローチが、帳場に……」
え、それって大変じゃん。俺は慌てて帳場へ走った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の午前は結局、王都中央の公園でのんびり過ごした。どうせフロイデンシュタット家に帰ったら根掘り葉掘り昨晩のあれこれを聞かれ、生暖かい目を向けられるからなあ。それに、コルネリアさんとあんな関係になったんだ、少しくらいお互いを知る時間をとらないと、失礼じゃないかって思うんだ。
そんな俺の想いを汲んでくれたのか、ミカエラたちは俺とコルネリアさんがサシで話せるように、ちょっと離れたところから護衛することにしてくれたみたいだ。公園に出た屋台を見てまた食欲を燃やしているミカエラには、気遣いに感謝してちょっと多めのお小遣いを渡していて……早速それが甘物に化けているようだ、よく太らないよな。
「元気な子ですね、見ていて楽しくなります」
「そうだなあ。でも今日はミカエラじゃなく、コルネリアさん自身の話をもっと聞かせて欲しいんだ」
「私の話など……」
謙遜しつつ、ぽっと少女のように頬を染めるコルネリアさんは、うんと年上なのに可愛い。そう感じられるのは俺の感性が還暦オヤジだからなのかな。
そして彼女はようやく、己の生い立ちから従軍することになった事情まで、ぽつぽつと語ってくれた。
帝国辺境の準男爵家次女として生まれた彼女は、十六歳で最初の子供を産んだのだという。夫を迎えてというわけではなく、長女に女子が誕生しない場合にも家を断絶させないためのスペアとして、種馬を雇ってのことだった。
「産まれたのは運よく女子でした。男子でしたら望まぬ子を次々産まねばなりませんからね」
家督を繋いでいく要員って意味合いなら、そうなるかもな。なんだか切ないけど、これがこの世界の貴族社会ってものなんだろう。
「当主の命で渋々作った子でしたが、やはり自分の血を分けた子というのは可愛いものです。家にとってはスペアであっても、私にとってはかけがえのない宝でした」
うん、きっとそうなんだろうなあ。だけど、コルネリアさんの言葉が全部過去形で語られているのが気がかりだ。俺の表情に気づいたのか、彼女が一つ息を吐いて、目を細めながら言葉をつづけた。
「八歳の時、娘は亡くなりました。姉の娘が遊び気分で放った風魔法が首を直撃して……傷は何とかなったのですが、膿が全身に回って……辺境ですから良い治癒師もおらず、二晩熱に苦しんで、死にました」
静かに語るコルネリアさんの目から、涙が一筋あふれだしている。俺はかける言葉も見つからず、ただ彼女の独白を聴き続けることしかできない。
跡継ぎ候補である姉の娘がやらかした件は「子供のしたこと」として隠匿され、亡くなった子は森で遊んで怪我をし、その傷がもとで死んだことにされたのだという。それから数年、彼女は辺境でひたすら魔物と戦っていた。恨みはあれど、貴族家の一員として領民に対する義務を果たさんとして。
「ですが三年後、私は領地から放逐されました」
「……それは、どうして?」
「準男爵家の当主が交代したからです。新しい主は、姉でしたから」
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