第141話 闇一族のセレモニー

 それからの道のりでもいろんなことがあったけど、そこはまるっと省略だ。ハネムーンを兼ねた旅はすぐに終わり、しばらくぶりになるシュトゥットガルトの街に、俺たちは帰ってきた。王都もいいけど、やっぱりここに戻ると、ホームって感じがするようになったよなあ。


 マックスがあまりにも「早く帰ってこい」って書状を寄こすもんだから統治がうまく行ってないのかと思ってしまったけど、戻ってみたら全然セーフ。俺なんかいなくてもいいんじゃないか、もっとゆっくりしてくりゃ良かったよ。


 そして、あの初めての日からずっと、俺とグレーテルは当たり前のように毎日、熱い夜を一緒に過ごしている。そんなある晩。


「次の闇曜日は、空けておくのよ、いいわね?」


「いいけど……また『リーリエ』で甘味でも食うのか?」


「それは内緒。なんの予定も入れちゃダメよ!」


 今夜の運動会でも圧勝したグレーテルが、敗者の俺に腕枕などさせながら、何だか不思議な命令をしてくる。


「教えてくれたっていいじゃないか……」


「こういうのは、その日までわかんない方が面白いのよ。どうしてもって言うなら、もう一度勝負してみる? 私が負けたら教えてあげる」


「よし、その言葉覚えてろよ?」


 俺はヤル気を奮い起こし、雄々しくグレーテルに立ち向かった……つもりだった。結局惨敗し、教えてもらえなかったのは言うまでもないが。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 次の闇曜日は、雲一つない冬晴れだった。


 休日だというのに朝っぱらからたたき起こされ、散髪と髭剃り、湯浴みまでさせられた。はて、グレーテルはなにか意味ありげなことを匂わせていたが、大事な賓客が来る予定なんか、なかったはずだけどな。


「あのさ、そろそろ何のために俺がこんなにしゃれめかさなきゃいけないのか、教えてくれないかな?」


「……決して明かすなと、マルグレーテ様に厳命されておりますので」


 世話をしてくれる執事も、塩対応だ。そろそろ付き合いも長くなってきて信頼関係もできてきたと思うのだが……我が家の中では、グレーテルが発する命令の方が、俺の命令よりはるかに重いらしい。まあ、これがこの世界ではごく一般的な力関係ではあるのだが……うちの場合はその傾向がとりわけ強いのだ。使用人たちもみんな、俺じゃなくてグレーテルの方をいつも向いている。シュトゥットガルト侯爵家の当主は何を隠そう、一応俺ってことになってるんだけどな?


 まあいいか、日本の我が家でも、家の中では妻の方が強かったからなあ。


「それではお出かけの時間でございます、お急ぎを」


「なあ、俺、まだ普段着なんだけど?」


 やたらと綺麗に身づくろいをされた割に、服はいつもの……現場作業着みたいなやつだ。大事な客が来るんだったら、これじゃマズいだろ。


「出先でお召し替えをして頂きますので、ご心配なさらず。さあお早く……」


 ほとんど追い立てられるようにして向かった先は、街を挟んで反対側の開拓地……ちょうど闇一族が根拠地を築こうとしている辺りだ。俺たちが暮らすログハウスとは違って、きちんと漆喰塀を巡らせた、俺にとっては懐かしさを覚えさせられる造りの家が、きちんと計画的に並んでいる。


 そんな中の一軒に連れ込まれ、一族の男たちに取り囲まれて衣装替えだ。


 なんかデジャヴを感じる衣装……日本の黒紋付、袴姿と似ているけど、細かいところが微妙に違う、なかなか落ち着いたデザインだ。ちゃんとシュトゥットガルト家のライラックをかたどった家紋も染め抜かれてあって……こんな立派なものが、バーデン領で作れるはずもない。きっと前々からカナコ族長あたりが王都で準備して、送ってきたのだろう。


 触れただけで分かる上等な着物だが……銀髪碧眼で目鼻立ちのハッキリした外国人顔になってしまった俺が着ると、見た目違和感が半端じゃないな。まあ、一族の連中は無邪気に喜んでいるから、いいとしようか。


 着替えが済むとまた追い立てられるように村のはずれに連れていかれる。家々が途切れたところに少しだけ魔の森を伐採せずに残してあり……その入口に俺にとっては懐かしい、紅い鳥居みたいなものがあって……その奥には小さいけれど、社のような建物が。


「これは……神社?」


「ふむ? お屋形様はカミヤシロをご存じでしたか?」


「い、いや……本で読んでね」


 やばいやばい、アヤカさんにはバレているとはいえ、一族の者に俺の前世をぶっちゃけるわけにもいかない。


「我々の字をご存じだったり、カミヤシロにもご理解があるとは、お屋形様は不思議な方ですなあ。やはり、我々一族の長となるべく運命づけられた御方なのでしょうなあ」


 いやいや、族長になるのは、アヤカさんだからね。俺は忍者大好きだけど、自分が忍者の元締めをやるのは願い下げだぞ。


 社の中に案内されると、そこには烏帽子に狩衣姿の神主さんらしき人が。だけど俺の記憶にある男性神主さんと違って、落ち着いた雰囲気を持つ女性だ。こういうところは、男女逆転なんだ……つくづく不思議な一族だな。


「お屋形様、よくおいでなさいました。お嬢様もほら、そこまで見えておられますよ」


 女性の言葉に振り向けば、神社の参道を進んでくる長い行列が見える。なんか昔の日本っぽい衣装に身を包んだ一族の者たちが、提灯を持ったり唐笠を差し掛けたりしている。そして彼らの中央を、白一色の衣装に身を包んだ若い女性が、ゆっくりと進んでくる。もちろんその人が誰かなんて、わかり切っている。


「……アヤカさんっ!」

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