第140話 実況中継

「これは……とっても、いいものね! 毎日でもしたいくらいだわ!」


 おいこら。それは一般的な女の子が「初めて」した時の感想とは、ずいぶん違うんじゃないか? 一応淑女なんだから、そういうお気持ちはオブラートに包んでくれないかな。


 窓から朝の光が射し込み、小鳥のさえずりが耳を打つ。部屋の空気はキリリと冷たく、俺たちは暖かい布団の国にこもって、ただ互いの体温を確かめ合っている。


 昨晩、一回目は経験者として、なかなか上手にリードできたのではないかと思っている。彼女も恥ずかしげな様子を見せながらもぎゅっと俺の背中に腕を回し、何度も何度も「ルッツ、ルッツ!」って切なげに名前を呼んでくれて……俺のちっちゃな自尊心が満たされる、素晴らしい時間だった。


 だけどフィジカル戦闘の天才であるグレーテルは、この方面のバトルでもまた天才だった。二回戦からは自由自在、縦横無尽に躍動する彼女の肢体に、俺のほうが完全に翻弄されてしまったのだから。結局それから三回……必死でこらえたつもりだけど彼女が本気を出せば耐えられるわけもなく、まさに搾り取られるみたいだった。


「ありがとうグレーテル、とっても良かった。だけど毎日ってのはちょっと俺が持たないっていうか……」


「頑張って鍛えなさい。私の大事な……お婿さま」


 そんな可愛い台詞と一緒に、ほっぺにチュッとされたりしたら、もうたまらんというか。さっそく昨晩のリベンジを挑もうと彼女のすらりとした身体に手を伸ばした俺だけど……


「ルッツ様、そろそろご準備を……」


 遠慮がちにドアをノックする執事の声に、俺の野望は打ち砕かれた。


 まあ、どうせグレーテルにもう一度挑んだところで、いいとこ返り討ちになっちゃうところだったろうけどな。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 この日も呑気な旅だった。季節は冬だけど、昼間となれば快晴の陽光が降り注ぎ、実に暖かい。昨晩の激しいエクササイズが心地よい疲労感をもたらして……気がつけば馬上で船を漕いでいたりする。いかんいかん、俺が乗っ取ったオリジナルのルッツくんは落馬事故で人事不省になったのだった。俺がおんなじことをやっちゃったら、グレーテルを二度も同じ悲しみに突き落とすことになっちゃうじゃないか。くれぐれも安全運転、安全運転だ。


 そして、次の宿場に着くのも、まだ日が高いうちだ。


 もちろん数十人の大所帯だから、フリでなんか泊まれない。あらかじめ旅程を決めて、大箱の宿を押さえておかないといけないのだ。そんな状況だから確実に余裕を持って着けるよう、一日の移動を短くして早めに次の宿に着くように……って指示を出したんだけど、まあそれは表向きの理由だ。


 だってこの旅はグレーテルと俺の、ささやかな新婚旅行なんだから。本当だったら二〜三日くらい何もしないで二人、寝室にこもっていたいところだけれど……さすがに昼間っからイチャイチャするわけにもいかないし、バーデン領のマックスからは「そろそろ帰ってきてくれないか?」と催促が来ている。そんなわけで一応は真面目に領地を目指すポーズを取りつつ、さっさと宿に引っ込んで仲良しタイムにしようという、まあ猿並みの俺らしい発想だったというわけさ。


 その狙いは、決して悪くなかったと思う。ただグレーテルの「上達」が、俺の予想を遥かに超えて早かったってことだ。


 飯を食って湯浴みをするのもそこそこに、ガッチリ捕獲されて寝室に連れ込まれ、思いっ切り夜の運動会だ。そして残念ながら今夜の運動会も、紅組の圧勝で終わってしまう。


 翌朝、同じ宿に部屋を取った部下がみんな、なにかもの言いたげな生暖かい視線を俺に送ってくる。うん? もしかしてこれは……「ゆうべは、おたのしみでしたね」ってやつなんだろうか。


「いやはや、奥様の激しいこと、びっくりだなあ」

「昨晩も三回、いや四回? すごい体力よね」

「旦那様があんなに哀れにも情けない声をお出しになって……」

「名高き『神の種』様も、『英雄の再来』様の前では、形なしってことよね!」


 おい、お前ら。ひそひそ話なら、聞こえないようにやれ。気になって仕方ないじゃないか。しかも彼らの興味は、俺がベッドの上では完全に負けっぱなしというところに集中している。これはかなり当主としては、情けない状況だ。俺のちっぽけな尊厳を、返してもらいたいわ。


 それにしても、何で俺たちの「夜」が、部下たちに知れ渡っているのだろう。初日の宿みたいに木造の古めかしい建物ならともかく、昨晩の宿は重厚な石造り……なんぼなんでも、宿全体にあれこれする音が響き渡るとは、思えないんだけど?


「ルッツ様、犯人がわかりましたわ」


 冷え冷えとした声に振り向くと、そこにはいつものほんわかした笑顔ではなく、表情筋を凍りつかせたような怖い顔したアヤカさんが立っていた。その左手で、半ば失神した若い女の子を引きずって。


「あれ? この子は……」


 そう、そいつはマックスが付けてくれた風魔法使いの一人だった。ベアトの「精霊の目」では忠誠度ばっちりだったから、身の回りの護衛に使っていたのだが……そういや、この子が昨晩、寝室の護衛についてくれた気がするな。


「はい。この者がルッツ様の神聖な営みの模様を、帝国の仲間と共有しようと魔法で中継していたのです」


「だったら、なぜ全員に……」


「興奮しすぎて、特定の相手ではなく間違えて全員配信にしてしまった模様で……」


 はあっ? じゃあ昨晩の運動会は、宿のみんなに共有されていたってこと?


 風魔法に、音声を伝えたい相手に飛ばす技があるのは知ってる。長距離通信ができるやつは超レアだが、短距離なら出来るってやつは結構いるんだ、アデルも使っていたからな。どうもこの女はそれを使って、護衛のために控えていた寝室の実況を、仲間にイタズラ心で同時中継するつもりで……みんなに伝えてしまったというわけか?


「ごめんなさい……悪かったです……もう……許して、下さい……」


 女は、息も絶え絶えの風情で訴える。一体、俺にはひたすら優しいアヤカさんが、この子にはどんな折檻を加えたのだろう?


「決して許しません。二度と同じことをする者が現れぬよう、徹底的にやります……」


 その日以来、バーデン領でアヤカさんが「絶対怒らせてはいけない人」とささやかれ、俺の評判は「夜ごと嫁に調教される種馬」という、情けないものになった。


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