第142話 祝言

 白無垢をまとい、小さな頭に綿帽子をふわりとかぶったアヤカさんは、すごく綺麗だった。いつも限りなくノーメイクに近い顔にも、今日ばかりは薄く白粉をはたき、薄い唇には鮮やかな紅を引いている。


「あ、アヤカさん……」


「慣れない格好で落ち着かないのですが……どうでしょう?」


「とっ……とっても美しいです! こっ、これはもしかして……」


「ええ。これからみんなで、ルッツ様と私の祝言を寿いでくれるそうです。私も、つい数日前に知ったのですが……マルグレーテ様が企画して、王都にいる族長と一緒にいろいろ準備をして下さったとのことで。有り難いのですがもったいないと申しますか……」


 嬉しそうに微笑みつつも、少し表情に影が差すアヤカさん。そうか、グレーテルは王都に向かっている時「アヤカにも結婚式をさせてあげる!」って叫んでたなあ。王都でやたら忙しそうにしてて俺に全然絡んでこなかったのは、アヤカさんの結婚式をするためにいろいろ手配をしていたからなんだ。乱暴で考えなしなところはあるけど、グレーテルは優しい子だからなあ……これは後で、たっぷり褒めてあげないといけないな。


 だけど、アヤカさんのちょっと複雑な気持ちはわかる。彼女も俺とのセレモニーを望み、一族の祝福を嬉しく思ってくれているけれど……グレーテルの心情を酌んで、無邪気には喜べないのだろうな。


 グレーテルは俺の子供を熱望している。もちろんベアトたちも子供を求めるのは同じだが、彼女たちの「子供欲しい!」には、俺の変な魔力チート能力への期待が含まれていることは、間違いないだろう。だがグレーテルだけは違う、能力が平凡だろうが、女の子だろうが男の子だろうが、俺との愛の結晶として、子供をお腹に宿したいと願っている。さすがに鈍い俺でも、そのくらいはわかるようになってきたのさ。


 そんなグレーテルを横目に、アヤカさんは俺の子を二人もその手に抱いている。それも卓越した魔力持ちで、ひたすら可愛さしかない、女の子を。アヤカさんは常にそれを引け目に感じており、ひたすらグレーテルやベアトを立て、控えめに振る舞っている。そんな彼女が、グレーテルがプロデュースした結婚式に申し訳なさを抱いてしまうのは、無理のないことだ。


 そのグレーテルは、よく見ると闇一族の集まったところの端っこに、マックスと一緒に慎ましくたたずんで、優しく微笑んでいた。


 うん、これがグレーテルなんだよな。彼女は喜びも悲しみも、怒りさえも含めて、裏表がない。カオリやホノカを見て泥酔したり、いろいろ複雑な思いがあったはずだけれど……この瞬間は純粋にアヤカさんの幸福を祝ってくれているんだ。変に遠慮しちゃ、いけないよな。


「大丈夫です。グレーテルは優しい子ですから。せっかくみんなで準備してくれた俺たちの記念日、一生の記念に残しましょう」


「は、はい……」


 黒い瞳が揺れ、その頬に一筋、涙が糸を引く。それは俺への想いの強さを訴えているようで……彼女を抱き寄せたい欲望に、俺は必死で耐えるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「私どもは本日この佳き日に、ヒノカグツチ様の御前で結婚の儀を行います」


 朗々としたアルトで神様への誓詞を読み上げるのは、白無垢姿のアヤカさんだ。元世界の神前結婚式では新郎の役目だったと思うのだが、ここは逆転世界、これが自然なのだろう。それにしてもヒノカグツチ様ってのも、日本の古い神様にいたよなあ……確か火の神様だったか。一族の故地であるというアキツシマって、もう完全に日本だろ。


「心より信じ、尊敬できる伴侶に出会えましたことを、神に感謝いたします。愛情と信頼をもって支え合い、助け合って、善き夫婦となって参りたく存じます。そして、闇一族の血を次代へ強く繋ぐことができたことを、神々に感謝致します。なにとぞ伴侶ルッツと我が一族を、幾久しく守護賜わりますよう、お願い申し上げます」


 短い誓いの言葉から、アヤカさんが俺を想う気持ちがあふれ出す。よく聞いてみれば、ヒノカグツチ神の守護を求める対象は俺と一族の者であり、アヤカさん本人は入っていないのだ……いつもまわりの人を思いやって、自分自身には厳しい彼女らしい言葉なんだよな。


 そして、固めの盃だ。大中小の盃に満たされた酒を、代わりばんこに三回ずつ……これって、元世界でもやった、三々九度じゃないか。盃は日本のものに似ているけど漆器じゃなく無垢の木地だし、注がれる酒は米の酒じゃなくて白ワインだったり、いろいろ突っ込みどころはあるけど、感動は同じだ。


 最後の一献をぐっと飲み干した俺が右隣を見れば、アヤカさんは目尻をすこし下げて、まるで慈母のような微笑みを、俺に向けた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「かーさまは、とてもきれいです」


「そうだな、こんな綺麗な母さんと夫婦になれた父さんは幸せだよ」


 披露宴の席はもはや無礼講で、新郎新婦なんかそっちのけで一族みんなが盛り上がっている。お陰で俺は、カオリを膝に乗せてまったりとくつろぐ、至福の時間を楽しんでいる。ホノカはまだ小さいから連れてきていない……というのは表向きで、ホノカが誰彼構わず魅了してしまうのを防ぐためだ。


「かーさまととーさまは、どうやっておしりあいになったのですか」


「いや、そ、それは……」


 おいおい、まだ一歳のくせに、そんなことを聞いてくるのか。てか、説明できないだろ、初めて会った日にポンと種付けしてお前がデキたんだよ、とかさ。


「あなたに好きな殿方ができたら、教えてあげますよ、カオリ。それまでがまんしなさい」


「はい、かーさま」


 アヤカさんのナイスフォローで納得してくれたみたいで、まずは助かった。さすがにカオリも眠そうだし、そろそろ寝所に連れて行こう。


 そしてその後は……まあいわゆる初夜だ。もう二人も子供つくった後だけどな!

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