第147話 アヤカさんに

「ルッツに、いい知らせがあるわ」


 どんよりと雨雲が立ち込め、開拓作業も完全休業となったある日、最近習慣となった夕食後の一杯を傾けようとした俺に、グレーテルが不意に告げた。


「いい知らせ?」


「そう、それも、飛びっきりのね」


 なんだろう。また開拓中にカネになりそうなものを見つけたのかな。だけどそういうネタだったら、マックス経由で俺に伝わるだろ。カネへの執着がないグレーテルだけに、この線は無いな。


「で? どんないいことなの?」


「ふふっ、待っててね」


 そう言うなりドアの向こうに消えたグレーテル。そのドアが再び開くと、彼女は何やら遠慮がちな風情のアヤカさんを伴って出てきた。


「重大発表よ。アヤカに、三人目の娘が出来たわ」


「え、そうなの??」


「……はい」


 いつもの凛然とした様子とは違って、消え入りそうな口調で吉事を告げるアヤカさん。きっとグレーテルに気を遣っているのだろうな。


「でも、娘だって決まったわけでは……」


「魔力が増したのを感じます。間違いなく、女の子かと」


 まじか。アヤカさんが生まれ持った魔力はAクラス。長女のカオリを身ごもったことでSクラス相当に増え、ホノカを産んだあとはSSクラス相当になっていたらしい。


「これ以上、魔力が増えるの……」


「私も多少は怖いのですが、今までよりルッツ様のお役に立てるようになることは喜びです」


 そう言って頬を桜色にするアヤカさんが愛しい。いや魔力うんぬんより、アヤカさんが俺の子を産んでくれることの方が嬉しい。喜びを爆発させようとしたところで、ふと思いとどまる。


 グレーテルは、今度のことをどう考えているだろうと。もちろん彼女は良くも悪くも裏表のない女の子だ。アヤカさんの懐妊を喜んでくれていることに、嘘はないだろう。だけどグレーテルだってあんなに俺の子を欲しがっていたんだ、切なさはいや増しているんじゃないか。


 そんな思いでもう一度グレーテルの方を見れば、彼女は相変わらず吊り目の目尻を少しだけ下げ、優し気に目を細めている。でもその感情が複雑なものであることを読み取れないほど、俺も鈍感なわけじゃない。後で……フォローしないとな。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 最後まで申し訳なさそうな風情でアヤカさんが辞去すると、グレーテルは大きく一つため息をついた。もうすでに彼女の前にはワイングラスが置かれ、三分の二ほどは空けられている。


「アヤカったら、気を遣っちゃって……真っ先にルッツに報告に来ればいいのに、まず私のところに来たのよ。『どうか産ませてください』ってね」


 はあ。古代中国の後宮とか江戸の大奥なんかじゃないんだから、ボスにお伺いなんかしなくていいのになあと思うが……それでもひたすらベアトとグレーテルを立てるのが、奥ゆかしいアヤカさんなんだよなあ。


「同じ妻なのに、ベアトお姉様や私と違って表に出られない……むしろ私はアヤカに申し訳ないと思ってるくらいなんだから。あまり配慮されるとかえって辛いかも……私にも子供ができれば、違う考え方もできるのだろうけど」


 それからぽつぽつと、グレーテルは語り始める。俺が認識していなかった光属性魔法使いの繁殖事情というか、子作り事情を。


 この大陸では、他の属性と比べて光属性と闇属性の高位魔法使いが、明らかに少ない。


 闇属性はアヤカさん一族のように遠国から流れてきた者たちであるから少なくて当然だが、光はもともとこの国に根付いていた属性……それが増えないのは、ひとえに光属性の高位魔法使いが妊娠しづらい体質だからというのが、貴族女性の間では常識になっているのだそうだ。俺は、全然知らなかったけどな。


 光属性は「聖職者属性」、戦闘能力を持つ者については「勇者属性」とも呼ばれる。いずれにしろ、強靭な自身の生命力と身体強化、そして他者に対する治癒能力が売りだ。だがその強靭さが卵子にも備わっていて……ようはよっぽど強い種でないと防衛能力がまさって、受精してくれないらしいのだ。


 そんなわけで高位の光属性魔法使いには、子持ちの人が極端に少ないのだという。グレーテルのような上位クラスの光魔法使いは、他属性の母親から生まれるケースがほとんどなんだそうで……俺が光属性のダニエラさんを洗礼でさくっと孕ませられたのは、彼女の魔力がCクラス程度であったから、ということらしい。


「うん。だからSクラスの私は子供の時から、自分の子を儲けるのは難しいって母様から教えられてきたの。私自身も、ルッツの種が特別だって聞くまでは、あきらめちゃってた」


 そこまで口にして、グレーテルは一回大きく深呼吸をする。そうだよな、情緒過多の彼女がこんなに感情を抑えて冷静な説明をするには、かなりの努力が必要なはずだ。


「だけど、ルッツが『神の種』持ちだってわかって、ついかすかな望みを持ってしまったの。そんな強い『種』だったら、ルッツと私が作り出した生命を、この手に抱かせてくれるんじゃないかって……」


 言葉を紡ぎながらも、グレーの目から透明な雫があふれ出す。


「でもやっぱり、無理だったのかなあ……」 


 いつもになく頼りなげな彼女の姿にぐっときて、口づけを深く交わして……もちろんその後は、期待通り夜の運動会に突入だ。いつもと違ってグレーテル得意の騎馬戦が見られなかったのが、少し心配ではあったのだけど。


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