第85話 ずっと一緒にね

「俺はベアトの婚約者だよ、心配しなくても、一緒にいる」


「それは母様に命じられた婚姻、それじゃ、いやなの。私自身が、ルッツを生涯の伴侶にしたいって、申し込んでる。ルッツ、私の望み、叶えてくれる?」


 翡翠の瞳が、俺をまっすぐに見つめている。白皙の頬はもはや桜色を超えて、紅色に染まって……きっと精一杯の勇気を振り絞って、こんなことを口にしているのだろう。


 ヤバい。なんだかベアトがすごく可愛く思えてきた。時折不意にぶつけてくるデレはいつも強力だけど、今日のこれはとびっきりの威力だ。


 うん、女の子にここまで言わせたら、ビシッと決めないといけないよな。そして俺の気持ちだって、ベアトに迫られる前から、決まってるんだ。


「うん。ずっと一緒にいよう。俺たちのどっちかが、天に召されるまで」


 ただでさえ大きいベアトの目がさらに大きく見開かれ、やがてそこから透明なしずくがとめどなくあふれ出す。そして彼女はその頭をぽふっと俺の胸に預けて……さらにそこが、暖かく濡れてゆく。


 ふと気がつくと、ぼうぜんと俺たちを見つめていたらしい兵士や住民たちが、みな一斉に微笑みながら、こっちに向かって拍手をしている。なんだろう、いくらなんでも俺たちのプロポーズ騒ぎは、彼らに聞こえてないはずだけどな?


「あ、ごめんルッツ。麦を刈り取る指示を出そうとして、風魔法の『拡声』を、入れっぱなしだったのよね……」


 リーゼ姉さんが、テヘっと頭をかく。おい、じゃあさっきのあれこれが、一万人に生中継されてたってわけなのか?


「かなり妬けたけど、ベアトお姉様のあんな姿を見たら、思わずキュンとしたわ」

「そうそう、みんなが感動したから、いいよね?」

 

 いいわけないだろ! これって、どんな公開羞恥プレイなんだよ!


◇◇◇◇◇◇◇◇


 とんだオマケドラマをつけてしまったけど、戦災地が冬を越すに十分な麦は実った。その収穫も、一万人が一斉にかかれば、ちょいちょいっと終わってしまった。


 そうなれば、気分は収穫祭だ。長い戦いの末に農作業にまで付き合った兵士たちを、ねぎらうことも必要だからな。もう補給物資を節約する必要もないから、補給物資から貴重な酒や肉の燻製なんかを景気よく提供して、無礼講の宴会だ。冬を越す蓄えの不安が払拭された喜びに沸く民と、無事生き延びて故郷に帰れる嬉しさを爆発させる兵士たちが、互いに入り混じって酒を酌み交わし、盛り上がる。暗がりに消えてゆく男女も多いみたいだが、これだけ開放的な気分になったら、そういう展開もあるか。


 本来なら宴の主役は、大活躍したベアトであるはずなのだが、今は疲れ切って自分の天幕で気を失ったかのように眠っている。まあ、どう見ても異常な魔力量を使っていたからな……ダメージが残らないことを、祈るしかない。


 そんなわけで、俺はグレーテルと二人、隅っこでワインをたしなんでいる。まあ俺たちはまだ未成年だし、堂々と飲むのは何かと外聞をはばかるわけさ。


 リーゼ姉さんが宴のど真ん中で部下たちに捕まって、魔法談義に花を咲かせているのを眺めつつ、グレーテルがしみじみつぶやく。


「終わったね……」


「うん、やっと終わった」


「リーゼお姉様と、ベアトお姉様のお陰だね」


 いつもの調子と違う彼女に、ちょっと戸惑う。「私の武勇が戦を決めたのよね!」とか、普段だったら間違いなく来るんだけど。


「グレーテルだって凄く活躍したじゃないか。公国軍を一人で切り裂いた姿は、凛々しかったぞ」


 すかさず入れたフォローに少し頬が緩む、やっぱり褒められれば、素直に嬉しいらしい。


「ありがと、確かに私は頑張った。だけど公国との戦を決定づけたのは、リーゼお姉様の水魔法よ。姉様が氷の槍で敵をずたずたにしてくれていなかったら、万を超す軍勢の中に斬り込むなんて出来るはずもないし。帝国軍主力を壊滅させたのはヒルダ様の炎魔法だし、籠城する残兵を捕らえたのは、ベアトお姉様の力。そして、踏み荒らされた北部領を生き返らせてくれたのも、ベアトお姉様……」


「グレーテル……」


「結局私は、ただの戦闘マニアなのかもね。民を害する敵を追い払うことにも、傷付いた国土を癒すことにも、あんまり役立ってない気がするんだ」


 伏せたまつ毛が、白い頬に影を落とす。そうか……確かに前半はリーゼ姉さん、後半は母さんやベアトの活躍が目立ちすぎて、あれを見たグレーテルが、魔法使いとして自分の目指すべき方向性に迷いを抱くのは、無理のないことかもしれない。だけど、言っておかないといけないことがある。


「グレーテル。君がより高みを目指すために悩むのは、いいことだと思う。多分君の魔力だったら、大規模な範囲魔法を使うことだって、修行次第できっとできるようになるだろうね」


 俺の言葉にグレーテルは口許を緩めるけれど、その微笑には力がない。彼女が求めているのは、そんな励ましではないのだろう。


「だけどこれだけは覚えておいて欲しいんだ。俺は、戦うグレーテルの姿が好き。引き締まった表情も、したたる汗も、プラチナ色に輝くオーラも、全部綺麗だと思うし、大好きだから」


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