第207話 また、おかしな子が?
侍女たちが整えた客室は、結局使われることがなかった。だってそこを使うはずのお客様は、俺のベッドで朝を迎えたんだもの。
「はあぁ〜っ。ごちそうさまでした、久しぶりでしたけど、とても良かったですよ」
昨夜はずいぶんとろけた顔をしていたはずのアデルが、キリッと◯塚顔に戻って朝の挨拶。最近こういう感想が多いな。「お粗末様でした」とでも返すべきなのか。
まあ俺も、久しぶりだったから、大満足だったぞ。
何しろアヤカさんは来月にも三人目を産む予定だし、グレーテルもさすがにお腹が目立ってきたし、鑑定お姉さんのニコルさんも、めでたく妊娠してる。酔った勢いでついに「して」しまった護衛隊のコルネリアさんは、もう俺の種がついたことを確信したらしく「次は、他の者に」と夜を辞退。恐らくツェリさんなら入れ食いなのだろうけど、彼女の愛はなかなか重すぎて、後が怖いからなかなかアプローチできない。
ようは、また愛人を増やす覚悟をしない限り、たった今俺が「できる」女性が、いなかったのだ。まだまだ思春期の猿真っ只中の俺にとっては、なかなかの我慢大会だったわけさ。嬉しいお誘いをしてくれたアデルが天使に見えてしまったのも、無理ないと思う……よな?
朝チュンしても決して寝坊はしない真面目令嬢のアデルに付き合って早めの朝食を取っていると、グレーテルがお腹をさすりながらダイニングに入ってきて……諦めたようなため息をつく。
「なによ、満足そうな顔しちゃって……我慢できなくなったら『リラの会』の子にしておきなさいね」
はあ、俺としては、苦笑いするしかない。グレーテル率いる愛人候補組織「リラの会」は、最近ますます会員を増やしているそうだ。その幹部であり公認愛人でもあることを示す黄金のライラックを胸に飾る女性は、俺の意志と関係なくすでにアデルとリーゼ姉さんを含めて七名まで増やされていて……ツェリさんもしれっとそれを神官衣に着けている。
「さすがはマルグレーテ様、なかなか良いアイデアだと思いますわ。選ばれた者という自覚が、忠誠心を育むでしょうから。そして、鈍感なくせに惚れっぽいこのお方が、やたらと種まきするのを防がねばなりませんからね」
「でしょ! ベアトお姉様も『側室が百人……』って心配してらしたしね。そんなことにならないように、私が見張っててあげないと。そうそう、あと二人くらい、金ブローチをあげる候補がいるんだけど……まだ早いかしら?」
「早くはありませんが、愛人枠にする前にベアト様に面接していただきましょう。間違っても悪意ある者を、ルッツ様に近づけるわけにはいきませんし」
「そうね! ベアトお姉様もアデルの力で、ちょくちょくこっちにおいでになれるものね!」
会話の目的は俺のお相手であるはずなのに、そこに俺の意思が毛ほども反映されず、ほぼグレーテルの好みで決められてしまっているのが、何とも不本意だ。
まあグレーテルが、喜んでそれをやっているらしいことが、救いと言えば言えるかな。ちょっと前までは俺に女性を勧めながらも涙していた彼女なのに、今はもう俺のために役立つであろうコルネリアさんのような女性を、積極的に抱かせようとしているのだから。
この変わりようはなぜなのか……いや、わかり切ってるな。
彼女のお腹に……生命、俺の分身が宿ったからだ。グレーテルの多少極端だった独占欲みたいな愛情が、今やお腹の子に半ば以上向けられているんだよな。ほら、たった今だって目を優しげに細めて、お腹をさすって……光の魔力を注ぎ込んでいるじゃないか。あの重量級ヤキモチが感じられなくなったことには正直ホッとするところもあるけど、そうなったらなったで少しだけ寂しく思ったりするのは、男の身勝手というものなのだろう。
「う〜ん、何か、おかしいのよね……」
お腹に手のひらを当てた姿で、グレーテルがこてんと首などかしげている。その様子は可愛いのだけれど、彼女は何をいぶかっているのだろう。
「ねえアデル。貴女もこうやって、お腹に魔力を注いだこと、あるわよね?」
「ええ。私の魔力が染み込むと、お腹の子が喜んで動くのがわかるのが楽しくて」
「うん、女の子を孕んだ妊婦さんはみんなそう言うよね」
「グレーテル様は、違うのですか?」
アデルが怪訝そうな表情をする。なんだかこのやりとり、怖いなあ……グレーテルのお腹にいる俺の子に、何か悪いことが起こっていなけりゃいいのだけど。
「うん。私がお腹に掌を当てると、逆にそこから何か力が流れ込んで来るのよ。その力を受けとると、何だか私自身が強くなったような気がして……」
おいおい。また何か、おかしな子が生まれてくるのだろうか。
俺が「種付け」でこさえた子はこの間まで、判で押したように決まったパターンだった。母親の魔力がBクラスまでならAクラス、それ以上なら一クラス上で、同じ属性の魔力を持ち、その姿は母親の形質をそっくり受け継ぐ。それがずっと続いていたんだ。
だけどこの間から、「おかしな子」が生まれ始めたんだ。クラーラの娘は俺そっくりで二属性の魔力持ちだし、ベアトの子はSSクラスの魔力を持っていても、精霊に憑かれていて魔法を使えない。俺の種に、何か異変が起こったのだろうか。
そんなことを思っていたところに、グレーテルの子も何か変わってるのだという。思わず心配な顔になってしまうのは、仕方ないじゃないか。
「ふふっ、大丈夫よルッツ。大好きなルッツの子だもの……どんな力を持った子でも、必ず幸せになれる……いえ、してみせるわ」
グレーの瞳が、明るく輝いた気がした。
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