第165話 金のブローチ
王都での祝祭セレモニーから帰って以来、ミカエラが専属護衛として、いつも俺のそばにいることになった。ベアトとともに反体制派テロのターゲットになっているであろう俺の警護を、強化せざるを得なかったからだ。本来その役目を最も望んでいるグレーテルには、「魔の森」開拓プロジェクトの先頭に立ってもらわねばならず、俺の横にいつもいてもらうのはもったいなさすぎるからな。ならばと、常時俺を護る者として、グレーテルがミカエラを推薦したってわけだ。
公式な場所では騎士っぽい白のパンツスタイルで決めるミカエラだが、バーデンにいる限りそんな機会はあまり無い。どっちかといえば屋外の作業を見回る仕事ばかりで……そんなときの彼女は、王都のトガッた街娘たちの間で流行っているというショートパンツと、ダークカラーのぴったりレギンスを着用している。
形よくすっと伸びる脚のフォルムに、思わずイケない気分になってしまうのは、男なんだから仕方ない。筋肉質ですらりと長いグレーテルの脚は格別だし、雪のように白くてふにゅっと柔らかいベアトの太ももはたまらんけど、程よく脂肪と筋肉の均整が取れて健康的な、いかにも若い娘っぽいミカエラのそれには、思わず凝視してしまうだけの魅力がある。
そして中世っぽいこの世界では、貴族女性が身体の線をアピールするような服を着ることはなく……ベアトたちがあんなスパッツというかヨガパンツみたいな、女性的魅力をストレートに誇示してくれる服を纏うことは、ないからなあ。
そんなわけで俺は、領内視察といいつつ彼女のすらっと形いい脚を視察し、作業監督といいつつ彼女のお尻がぷりぷり揺れる動きを監督しているというわけだ。
「ふうん……ルッツはもう陥落寸前ってところね。後はミカエラをその気にさせれば……」
そして気がつくと、鼻の下を伸ばした俺の背後に、グレーテルが仁王立ちしているって寸法なんだよな。思わず身体を固くする俺だけど、彼女の目は微笑んでいる。他の女に見惚れていると滅茶苦茶にイジメてくるこの幼馴染だけど、俺とミカエラの関係にだけは、わざわざ煽るような真似をする……よっぽど気に入ったのかなあ。
「そうよ。ルッツを通じてあの子と姉妹になれたら、それは素敵だと思うわ」
うっ、思わず心の声が漏れてしまったが……どうやら幼馴染も本気らしい。ま、その気持は少しわかるかも知れない。過酷な子供時代を送ったというのに、仔犬のような無邪気さと明るさを持ち続けているあの子の魂は、きっと強く輝いているんだろう。
その仔犬が、何かを報告する気になったのか、こっちに向かって駆け戻ってくる。その左胸に、金色のブローチが飾られているのがとても目立つ。
「ねえグレーテル、あのブローチは……」
「ああ、『リラの会』メンバーの印っていうか……」
なんだその、怪しげな集団は?
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それでその、『リラの会』っていったい何なの?」
「ほら、シュトゥットガルト家の紋は、リラじゃない。だから……」
ああ、確かに俺が爵位と一緒に受け継いだ家紋は、ライラックの花が意匠化されたもの。そして、確かライラックをドイツ語にすると、リラだったような気がする。なるほどなあ。
いやいや、そういうことを聞いてるんじゃなくて。
「だからその会、一体どういうことをする会なの?」
「うん、まあ……」
何に対しても明快なグレーテルが、珍しく言いよどむ。どこか後ろ暗いところがあるのだろうか。
「いや、あの……要はね、バーデン女性の親睦組織ということでね……」
嘘をつけ。親睦組織なんかでこの幼馴染がこんな反応をするもんか。俺がじっと見つめると、プイと視線をそらしてるじゃないか。しばらく無言で見つめ続けると……彼女はあきらめたように、白状し始めた。
「うん、まあ……ルッツに忠誠を尽くし、守る女性の集団を作りたかったっていうか……」
ああ、ここんとこグレーテルが言っていた「ルッツを守る強い女性を……」っていうアレの一環だったのか。
「そっか、俺は弱いからな。守ってもらえるのはありがたいよ」
「でしょ?」
「だけど、そこには何か、対価があるのだろ?」
うぐっと、グレーテルが息を飲む。どうやら痛いところを突かれたらしい。
「まあ……そこはもちろん、忠誠に対しては相応しい褒賞を与えるのが高貴な者の務めよね……」
「それで、その『リラの会』のメンバーには、どういうご褒美が与えられるのかな?」
なるほど、大体想像がついてきたぞ。俺の脳裏に描かれたろくでもない想像図は、おそらく当たっているはずだ。
「いや、あの……」
「グレーテル、こっちを見て」
びくっと一瞬震えてこっちを見たグレーテルは、まるでいたずらを見つかった子供みたいだった。英雄とも戦乙女とも称される女性なのに、こういうところは幼いんだよなあ。
「……怒らない?」
「怒らないよ」
「忠誠のご褒美は……ルッツの種よ」
ああ、やっぱり。
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