第2話 影のヒーロー
立ち入り禁止のB棟に迷い込んできた女性。クレアの可能性もあるため不意を突いて取り押さえようと動いた優とノアだったが、あっさりと返り討ちに遭ってしまった。
時刻は太陽が天頂を過ぎて少しした頃。電気系統が停まり、明かりが点かないB棟の廊下。窓の外から差し込む光に照らされて、優とノアを投げ飛ばした
「こんなところで何をしているんですか……って、神代くん?」
「春野?! なんでここに、
「あぁ、ごめんなさい! ……立てますか?」
そう言って春野から差し出された手を借りずに、優は1人で立ち上がる。反射的に受け身を取ったものの、地面はタタミではなくのっぺりとしたリノリウムの硬い地面だ。鈍い痛みが優の全身を襲っていた。
しかし、その痛みのおかげで優はようやく、任務中に近い集中状態を得ることが出来た。自身のなすべきことと、現状を落ち着いて考えること数秒。差し当たって、まずは痛みを堪えながら春野に警戒の目を向ける友人をなだめることにした。
「ノア、ひとまずこの人は敵じゃない。春野楓さん。俺の中学時代の……友達で、日本の特警だ」
優の紹介を受けたノアだが、春野への警戒を緩めることは無い。むしろ、より一層身を低くして、春野に対する戦意をみなぎらせる。
「馬鹿か、神代。特警なら今はボク達の敵だ。違うか?」
「――っ」
ノアの指摘に、優が息を飲む。そう、クレアの犯行が特警に見つかった時点で、優たちの作戦は失敗に終わる。つまり、特警の春野をこの先――2階へと続く階段に行かせるわけにはいかなかった。
「……状況を説明してくれますか、神代くん?」
あくまでも自然体で。特段身構えることもなく、優へと事情の説明を求める春野。優の動きに違和感があったために追って来てみれば、案の定、知らない人物と何かをしている様子。加えて、その知らない人物――ノア――は春野を特警と知って“敵”と呼称した。つまり、2人が何かしらやましいことを行なおうとしていることは、春野にとって明白だった。
「状況説明か……。なんと言って良いか……」
優としては、言葉を濁すことしか出来ない。クレアの件を特警である春野に話すわけにもいかず、かといって、すぐに嘘をつけるほど優は器用ではない。
黙り込んでしまった優に、春野が再び、硬い声で尋ねる。
「神代優特派員。あなた達がなぜここに居るのか、何をしようとしていたのか。答えてください」
これは職務質問だ。幸い、優もノアもまだ法を犯したわけではなく、魔法を使用してもいない。よって、今ここで優とノアが事情を話して退散するのであれば、春野は見逃すことが出来る。だが、もし、職務質問を拒否するのであれば……。
――応援を、呼ばないといけなくなる……。
そうでなくても春野は“特警として”だけではなく“春野楓として”、優に法を犯させるわけにはいかなかった。優にこの言葉を使わなければならないのかと、苦悩を顔ににじませつつ。
「もう一度聞きます。次は警告です。もし応じない場合は、裁判所に礼状を――」
春野が警告を発した、その時だった。春野の視線の先――優の背後に色の異なる2色の発光現象が見えた。
「――神代くん、伏せて!」
春野の声に優が反応できたのは、任務さながらの集中力あってこそだっただろう。すぐに身を低くした優と、元より姿勢を低くしていたノアのすぐ頭上を、2発の〈魔弾〉が通過する。狙いは、春野だ。
自身の方に飛んでくる2つの〈魔弾〉のうち片方を手元に
何が起こったのか。素早く振り返った優とノアが、状況を把握するより早く。
「神代くんと、外国の方。危険なので、身を低くしたまま動かないでください。……あなた達、何者ですか?」
有無を言わせない春野の鋭い指示の声が飛ぶ。ひとまず言う通りに動かなくなった男子2人の間を通過した春野は、先ほど〈魔弾〉を使用した2人を含む3人組の男に目を向けた。身長は高く、全員が180㎝を越えている。150㎝強の春野からすれば、見上げるほどの巨体だ。加えてガタイも良い。そんな男たちは全員が黒いスーツを身にまとっており、ご丁寧にサングラスまでかけている。
――まさに不審者。陽動と足止め係ですね。
いよいよきな臭くなってきた状況に、春野の頬を冷たい汗が伝う。
「念のために確認ですが、神代くんたちは彼らの知り合いですか?」
男3人から目線を切らず、背後に居る優とノアに尋ねる春野。彼女の問いかけに対して、
「少なくとも、ボク達は知らない。な、神代?」
「ああ。……だが、気をつけろ、春野」
ノアと優が順に応える。彼らの少しぼかした答えから、
――2人の“知り合いの人”の知り合い、と言ったことろ……かな。
と、春野は大まかな当たりをつける。であるならば、優の性格から考えて、その“知り合いの人”を助けに来たのだろうというところまで、春野は推測してみせる。
――そして、“今は”特警が敵と言った外国の人。わたしを特警と知っているから言いよどんだ神代くん。
特警にバレるとまずいことをしようとしている知人を止めに来た。あるいは、特警に見つかる前に
――今回は“影のヒーロー”というわけですね、神代くん。
であれば、と、春野は考える。自分が知る最も優しく、格好良く、大好きなヒーロー。彼がこれからも変わらず、己が理想を追い続けるために、自分はどうしてあげれば良いだろうか。
大切なのは、春野自身が優とノアが何をしようとしているのかを知らない状態を保つことだ。もし知ってしまえば、春野に優たちを見逃すという選択肢はない。
――最初、神代くん達はあそこにある階段に、わたしが行かないようにしていたような……。
それに、黒服たちが下りてきたのも階段の上。黒服たちが優たちを止めようとしていたとするなら、優たちはあの階段の上に行こうとしていたのではないか。つまり自分が今なすべきことは、何も事情を聴かず、階段の上に優たちを誘導することだ。そう、春野は結論づけた。
春野が導いたこれらの推測は、神代優という人物が己の知る人物像から変わっていないことを前提としたものだ。こうであれば良いな、という願望とも言える推測の仕方は、優を見送る際、シアが見せた考え方と奇しくも全く同種のものだった。
――とりあえず、内地における対人の魔法使用は現認したから……。
「内地における理由のない魔法の使用をわたし……じゃない。本官、大阪府警察本部特殊警察係所属、春野楓が確認しました。そこの3人、大人しく投降してください」
警察手帳を見せながら表情を引き締め、黒服たちに投降を促す春野。そんな彼女に、黒服たち――クレアの指示を受けて足止めを行なう3人――は各々、武器を〈創造〉することで応えて見せる。
「繰り返します。速やかに魔法の使用を解除し、投降しなさい」
なおも警告を繰り返す春野だが、黒服たちは反応を返さない。
「……2度、警告を行ないました。これより規則に乗っ取り実力行使を行ないますが、よろしいですか? これは最終通告です」
それでも黒服たちは、動かなかった。特警が来た時、魔法を使用すれば特警が自分たちを無視出来ないことを黒服たちは知っていた。たとえ逮捕されようとも、祖国のため、自分たちの希望を守るために。黒服たちも退くわけにはいかなかった。
「3度。警告は行ないました。それでは、これより特殊警察法及び、警察官職務執行法第1条に基づき必要最低限の魔法使用特権を行使します」
春野は特警の基本的な武器となる警棒を〈創造〉し、構える。格好こそフェミニンな私服だが、普段のふわっとした頼りなさなど
それらが存分に含まれた言動の1つ1つが、春野が本物の特警であることを見る人に……優に伝えてくる。
――俺の好きな人が、格好良すぎる……っ。
そうして優が思わず身震いしている事など、春野が知る由もなく。彼女は自分のなすべきことを行なう。
「神代優特派員。隣に居る外国人の方を含め、本官の代わりにこの建物内に居るかも知れない逃げ遅れた人の救助に当たってください。なお、不測の事態があればすぐに逃げるように」
これこそ、自身が何も知らず、なおかつ優たちが自由に動ける理由を作るために春野が導いた答えだ。
――神代くんは、特派員として、逃げ遅れた外国の人を見つけて救助に向かった。その救助の最中に、わたしに会った。……これで行きます!
もしこれで応援の特警が来て優たちを詰問しても、
春野は“自ら勘違いを演出する”という、限りなく黒に近いグレーゾーンを攻めたのだった。
そして、もちろん、そんな春野の
「「了解だ!」」
これ幸いとばかりに、優とノアは春野の指示に乗っかることにするのだった。
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