第3話 変われないもの

 振替休日が空けてから最初の金曜日に当たる、9月30日。7時間のホームルームの時間では、11月4日に迫った第三校の学園祭――三校祭についての説明が行なわれていた。

 優と春樹が所属するクラスの担任である児島和利こじまかずとしが概要をさらっていく。


「三校祭は、一般の学校で言うところの体育祭と文化祭を合わせたような行事ですね。体育祭を1日、文化祭を2日。計3日間行なわれることになります」


 これらの情報は優も春樹も知っている。体育の授業でも、これから三校祭に向けた入場行進の練習や各種競技の練習を行なうことになっていた。


「通常、こうした行事は親御さんに向けたものです。ですが三校祭の場合、体育祭は特派員候補生たちの魔法の扱いを、文化祭では研究の成果を、対外的に発表する場にもなります」


 魔獣と魔法の研究機関としての役割も大きい国立訓練学校。通常の学校が持つ行事の特性に加えて、専門的な意味合いも持ち合わせていた。

 三校祭の簡単な説明が終わると、体育祭のプログラムが記載されたレジュメが配られる。今日は体育祭で自分が出場する競技を決める時間になっていた。なお、文化祭は夏休み前からすでに準備は始まっており、出店するのであれば各種申請などを済ませることになっている。

 優と春樹、2人は隣り合って配られてきたレジュメを眺める。第三校では〈身体強化〉〈創造〉〈探査〉3つの魔法技能を競う魔法競技に力を入れている。その分、組体操やダンスなど、改編の日以前は定番だった競技が省略されていた。


「午前で個人競技と魔法競技。午後に団体競技と……特別プログラム?」


 当日の流れを確認していた優が『特別プログラム』なる競技名を見つけて眉をひそめる。そんな優の疑問に答えたわけではないが、担任の児島が説明を続ける。


「それぞれの競技については皆さんご存知のものが多いかと思います。特別プログラムについては、当日のお楽しみとなっています。該当する学生には学校から個別に声がかかると思うので、各々の判断で参加を決めてください」


 そこからは学生の自主性にゆだねる時間になる。学級委員などが存在しないため、クラス全員で出場する競技を決めていくのだ。入学してからはや半年。クラス内でこういった時に率先して動く者はすでに決まっていた。

 児島クラスの場合、男子は春樹、女子はひいらぎかなうという生徒が意見をまとめることが多い。今回も例にもれず、その2人が最初に声を上げた。


「男子はとりあえずこっち集合なー」

「じゃあ女子はこっち! 協力してパパッと決めてこー!」


 教室の左右に男女で別れて話し合う。


「徒競走と魔法競技は全員参加だな。決めるのは午後の色別対抗リレーと騎馬戦に誰が出るかってやつだ」


 春樹の声に男子が頷き、出場したい者が名乗りを上げていく。その様を、優はただ黙って見守る。中学時代に思春期特有のイタい病気を患っていた優は、こうした行事ごとに参加しないことが格好良いと思っていた時期があった。

 今ではその病気を克服しているとは言え、積極的に参加しない癖がついてしまっている。他に参加したい人が居るならばそれで良い。そんなスタンスで居ることを、どうしてもやめられなかった。

 そんなわけで、結局。


「よし、これで決まりだな!」


 春樹が中心となって決まった有志が参加する競技のらんに優の名前が載ることは無い。戦闘や魔法の扱いについては自信がついたとはいえ、こうした日常的な事柄についてはまだまだだと、優は内心で溜息をつくことになった。

 授業が終わると、優は春樹と連れ立って学食に向かう。2人がよく使用する二食は、量り売りのバイキング形式の学食だ。ご飯を頼むとおかわり自由ということもあって、運動部系の学生に人気の学食でもあった。


「で。今回も優は参加しなかったわけだ」

「……そうだな」


 山盛りのご飯を切り崩しながら、春樹が優にやれやれと言いたげな眼を向ける。


「リレーで勝ったら格好良かっただろうな?」

「……そうだな」

「騎馬戦なんか参加するだけで天もシアさんも見てくれただろうな」

「そう、だよなぁ……」


 意気消沈しながらコロッケを箸で切り分ける優に、春樹はもう一度嘆息する。が、心の内では変わらない優の一面を見て安心もしていた。

 というのも、先日の大規模討伐任務で優が見せた魔獣を倒すことに対する積極的な姿。そして、任務後の天とシアをないがしろにしたようなやり取り。良くも悪くも大きく変化したように見えた優に、春樹は距離感を感じていた。

 しかし、こうして日常に戻ってみれば、どうだろうか。魔獣を相手に一歩も退かず、常に冷静で、誰よりも他人を信じて戦う格好良い優の姿などない。なかなか変われない自分に辟易へきえきし、陰気な顔でコロッケを切り分ける。天やシアの前では絶対に見せないだろう情けない姿は、春樹がこれまでもずっと見てきた姿だ。


「やっぱ変わらないな、優は」

「まじで、そうなんだよなー……」


 嘆くように言って学食の天井を見上げる優の姿は、やはり、任務の時とは別人のようだ。ギャップが面白くて、春樹は思わず笑ってしまう。


「文化祭も出ないんだろ?」

「いや、文化祭はもともと客としてしか参加するつもりが無かったんだ。参加するにしても、今からじゃ申請できないしな」


 児島が説明していたように、文化祭で出店や展示を行なうには6月の期間中に申請をしなければならなかった。学生が出店する企画の精査はもちろん、飲食系の出店では法律に則った食品の衛生検査などが必要なためだ。なるべく学生たちが自分のしたい出店を行なえるように。そんな理念があるからこそ、文化祭の半年前には出店の企画書を出しておかなければならないという事情があった。

 その点、興味が無かった優は申請期間の存在すら知らなかった。6月というと、ちょうど仮免許試験を目前に控えた時期でもある。


 ――あの時は、仮免許の勉強と魔法の練習で忙しかったしな。


 実際、優は出店などをする気も無い。文化祭については、客として全力で楽しむつもりだった。

 自分のことはいったん置いておいて、優は目の前でご飯の山を制覇しつつある春樹の文化祭の楽しみ方を尋ねる。もし予定が無いのなら、一緒に見て回ろうと誘うつもりでもいた。


「春樹は何かするのか? サッカー部で、とか」

「お、正解だ。サッカー部でフランクフルトの出店をするから、それを手伝うことになってる」

「フランクフルトか。良いな」


 文化祭としては定番の屋台だ。熱された鉄板の上で焼かれる、串に刺さったフランクフルト。優はシンプルなケチャップとマスタードの味付けを好む。特にマスタードの鼻に抜ける香りが最高だというのが優の持論だ。サービスエリアの売店や、学園祭などの限られた場面でしか味わえないというのも魅力的で……。

 考えているだけで、優の口内を唾液が満たす。


「二食にフランクフルトあったか?」

「さすがに無い。ソーセージならあったけどな」

「大体一緒だろ。買って来る」


 つい衝動買いしてしまった4本のソーセージは、優が求めていた者とは全く異なるものだ。パリッと弾ける、それはそれで美味しいソーセージを食べながら。


 ――三校祭、楽しみだな。


 楽しませる側ではなく、楽しむ側として、他人事のように考えていた優。まさか自分が翌日から、楽しませる側に回ろうと思うことなど、この時の優が知るはずも無かった。

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