第4話 見栄

 春樹と夕食を済ませ、寮の自室へと帰ってきた優。シャワーを浴びて適当に髪を乾かすと、夜9時前になっていた。これから就寝予定の11時まで自由時間となる。月曜日の授業で出ている課題や、ストレッチを行なう予定だった優の携帯に、とある人物からの着信履歴が残っていた。

 ひとまず点けていたテレビの音量を下げ、折り返し通話をかけてみる。3コール目あたりから、通話に出てほしい気持ちと出て欲しくない気持ちが優の中でせめぎ合い始める。5コール目が終わり、今日はやめておこうかと赤い通話切断のマークをタップしようとした時。


『あー、あー。神代くん、聞こえますか?』


 通話口の向こうから、声が聞こえてくる。危うく携帯を落としそうになりながら、ベッドの上に置き直した携帯を前に正座をしつつ、優は返答することにした。


「大丈夫だ、聞こえてる」

『あ、良かったです。お久しぶりです、神代くん。春野です』

「いや、知ってる……」


 優の携帯にあった通話の着信履歴。そこにあった名前は、春野楓はるのかえでその人だった。優から折り返しを行なった手前、相手が春野であることなど知っている。にもかかわらず、自己紹介をしてきた春野の具合に、思わず優は笑ってしまう。


『あ、そうですよね。つい癖で。えへへ』

「……ふぅ。それで? 通話があったみたいだが、何かあったか?」


 久しぶりだからかもしれないが、春野のどんな面も優には魅力的に映ってしまう。改めて自分は春野が好きなのだと実感しつつ、優は通話の要件を切り出した。


『大規模討伐任務のこと、テレビで見ました。お疲れ様ですって言いたくて』

「そうか。わざわざありがとうな」

『これでまた、たくさんの人が平和に暮らせますね?』


 春野はあえて平和という仰々しい言葉を使う。それは、自分も優も、ヒーローに憧れていることを知っているからだ。多くの作品で、ヒーローが守っているものは「人々の平和」だ。ゆえに、優と春野にとって「平和」という言葉は特別な意味を持っていた。


「そうだな。それでも、内地化できたのはほんの一部だけどな」

『でも、確実に前には進んでいる。違いますか?』

「違わない。例え俺1人では無理でも、特派員が居る限り、いつかは魔獣も居なくなる」

『ふふっ。やっぱりそう思うと、特派員もヒーローですよね』


 優の熱がこもった言葉を春野は正面から受け止め、返す。この心地よいやり取りが、優は好きだった。


『そう言えば、訓練学校でもうすぐ学園祭があるんですよね?』

「ああ。ちょうど今日、その話がホームルームであったな」

『ふむふむ。神代くんはどんなことをするんですか? 丁度お仕事で休みをもらえたから、遊びに行こうと思ってるんです』

「いや、俺は――」


 そこで、優は返答に窮することになる。優は文化祭を客として楽しむつもりだった。ゆえに、何の準備もしておらず、三校祭の日をただ黙って迎える予定だった。

 しかし、中二病を患っていたからこそ、今度はイベントに主催者として参加しないことが非協力的な姿勢――格好悪いことのように、優には思えてしまった。

 普段であれば優は正直に話しただろう。が、想い人に格好悪い姿を見せたくない優は、思わず見栄を張ってしまう。優もまた、1人の思春期男子でしかなかった。


「――当日のお楽しみでどうだ?」

『お、良いですね! じゃあ、えっと……3日目。最終日にお邪魔することにします!』


 言ってしまってから後悔するのだが、三校祭までは1か月以上ある。まぁどうにかなるだろう、してみせる、そう思いつつも、見栄を張ったうそをついた後ろめたさから意識を逸らすために、優は話を変えることにした。


「そう言えば『お仕事』って言うと特警だよな? ということは……」

『えへへ。手前味噌ではありますが……本官は正式に、大阪府警察本部魔法犯罪係所属、春野楓はるのかえで巡査になりました!』


 春野は厳しい訓練と高度な学科試験を突破し、先日行われた合格率10%未満の特警の試験に合格。見事、大阪府警所属の特殊警察官への配属が決まったのだった。


「おぉ……っ! 凄いな、おめでとう! これからは町の平和を守る、正義の味方だな」

『そう、そうなんです! 頑張った甲斐がありました』


 嬉しそうな春野に、優も思わず自分のことのように喜んでしまう。


「そうか。先を越されたな……」

『特警の学校は最短で半年。でも訓練学校は3年ですから。焦っちゃダメです』


 一足先に夢を叶えた春野を遠く感じてしまう優。焦らないように忠告するその声も、優にはどこか大人びて聴こえるから不思議だ。


『特派員は特警以上に命懸けの仕事って聞きました。もう一度言います。絶対に、焦らないでください』

「……そうだな。心配してくれて、ありがとう」

『当然です。だって……』


 友達ですから。てっきりいつものようにそう続くと思っていた優だが、そこで言葉を止めた春野に眉をひそめる。


「春野? どうかしたのか?」

『あ、ううん。大丈夫。少しぼうっとしちゃいました。ちょっと疲れてるのかも。明日も朝からお仕事なので、そろそろ寝ようと思います。お風呂にも入らないとですし』


 お風呂。その単語に湯船に浸かる春野の姿を思い浮かべそうになって、優は首を振る。


「そうか。通話ありがとうな。特警合格、おめでとう」

『神代くんも。大規模討伐任務、お疲れさまでした』


 これで通話もお終いかと名残惜しく切断ボタンを押そうとした優だったが、


『あ、最後に特警として確認です。最近、第三校で変なこととかありませんか? 市民の困りごとを解決するのも、わたし達の仕事なのです!』


 そんな春野の問いかけに、手を止めて考える。


「ざっくりだな。例えばどんなことだ?」

『こう、変な人が出たーとか、不審な物があったーとかですね』


 その言葉に記憶をたどってみた優だが、特に何も思い当たるものは無い。


「いや、俺は特に聞いてないな」

『そっか。もし何かあったら是非、通話……じゃなかった。通報してください。それじゃあ、お休みなさい、神代くん』

「ああ、お休み」


 今度こそ春野との通話を終えた優。好きな人との通話の余韻が冷めた後に待っているのは、不要な見栄を張ってしまった後悔だ。


「文化祭、どうしようか……」


 優が頭を抱えることになったのは言うまでもない。こうして優は見栄うそを本当にするために、文化祭に向けて動き出すことにするのだった。

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