第5話 抱き合わせ
優の行動は早かった。まずは今からでも文化祭参加の申請が通るのかどうかを確認する。しかし、学生支援課の女性の、
「無理です」
の一言であえなく撃沈。自分で出店や展示を行なうことが出来ないことが確定した。何か行動しようにも、もう既に全てが終わっている。行動の遅い自分のことを優が笑っていたのは一瞬だった。
一度自室に戻った優は、キャスターの付いたイスに座って考える。
――まだ手は無いか?
自問自答して導き出した答えは、知り合いの中で出店する人が居ればそこに参加させてもらうというものだ。
「春樹は部活で参加するって言ってたな」
さすがにサッカー部として出店する店に部外者の優が参加するわけにはいかない。続いて優が目星をつけたのは、妹の天だ。早速、携帯でメッセージを送ってみる。
『天』『文化祭で何かするのか?』
時刻はお昼時。クラスメイトと3カフェでランチをしていた天が、兄からのメッセージ通知に気付いて返信する。
『クラスの子とクレープ作る』『どした?』
『俺も手伝わせて欲しい』
兄から返って来た返信に、砂糖マシマシのカフェオレで唇を湿らせた天は苦い顔をする。天が知る限り、優はこういったイベントにはかなり消極的だ。自分から何かをしたいと言う姿は、兄がオタクに目覚める前――小学校高学年までだったように思う。
「何があったの……?」
「どうしたの、天ちゃん? またお兄さんのこと?」
天の友人の1人、
「りりさん。またって何?」
「だって天ちゃんがこーんな顔してる時って大体お兄さんのことじゃん」
「確かに! むしろそれ以外で神代さんが悩んでるとことか見たことないかも」
天の表情を真似る
「そう思うと、やっぱり天ちゃんはブラコンだったか~」
「そんな神代さんも可愛いぞ」
「2人とも、うるさい」
羽鳥と渡辺のからかいを適当にあしらいつつ、天は優とのやり取りに戻る。
『女子しかいないけど大丈夫?』『(スタンプ)』
そんな天からの返信で、優は参加を諦める。天の友人たちもやりづらくなるだろうという気遣い、というよりは、優自身の気まずさがあったからだった。
『やめとく』
『意気地なし』『陰キャ』『(失笑のスタンプ)』
『(怒りのスタンプ)』
そこで天とのやり取りを終えた優は、シアにも同様のメッセージを送る。しかし、帰って来たのは、
『すみません。実は私も申請期間があったことを知らなくて……。今年はお客さんとして回ることになりそうです』
というメッセージだった。6月は、シアが交友関係を積極的に広げ始めた時期でもある。文化祭を企画するというほど仲のいい友人は、その時にはまだ居なかったのだった。
シアも自分と同じで行動が遅かった勢かと優は親近感を覚えていたのだが、
『ですが、天ちゃんと
シアから送られてきたその分面に、勝手に裏切られた気分になる。が、少し冷静に考えてみれば当然だった。
「そっか、天と同じクラスだもんな」
これでシアを頼ることも出来なくなった。残された優の交友関係となると、クラスメイトの男子くらいになる。よくつるむ順に連絡してみるのだが、
『文芸部で物販』
『申請し忘れてて、終わった』
『なんもしねー』
『何もしない。神代、一緒に回るか?』
と、優が望む返答は無い。類は友を呼ぶ、とは言うが、優が日頃からつるんでいる友人もまた、どちらかと言えば行事には消極的な面々だった。狭く深い付き合いを好んできた優の交友関係の狭さが、こういう時にあだとなって返って来る。
最後のメッセージの贈り主、
「どうしたもんかな」
手詰まり感のある現状に優の焦りが募って行く。そもそも優が、らしくなく余計な意地を張ったことが発端だ。いよいよ春野に正直に打ち明けることを優が考え始めていた時だ。
『神代』『俺達の教室企画に参加しないか?』
優のもとに、そんなメッセージが届く。相手は、同じクラスの男子学生、
とは言え、
『まじか』『めちゃくちゃ助かる』
早速優は食いつくことにする。経緯を聞けば、学園祭を一緒に回ろうと優を誘っていた男子学生、
誘ってもらった以上、優としては全力で協力するつもりだ。ひいてはそれが、文化祭を楽しむことにもつながる。
『教室企画だな』『何をやるんだ?』『手伝わせてくれ』
一口に教室企画といっても幅は広い。飲食店はもちろん、劇や物販、お化け屋敷、展示など、その内容は
『実は――』
湯浅が明かしたとある企画の内容に、優は思わず吹き出しそうになる。
『ベタだな』『実際に見るのは初めてだ』
『でも、ロマンだろ?』
湯浅が明かした企画は、優がよく知る飲食店企画だった。ただし、それはフィクションに限った話。実際に行なおうとする者など居ないと優は思っていたのだが……。
『良いと思う』『店員はいるのか?』
『何人か、服を着てみたいって奴が』
『肝心の服はどうする?』
『被服部が作ってくれるらしい』『というより』『被服部主催の教室企画なんだ』
さらに言うと、湯浅には被服部――裁縫や学生服の改造を行なっている部活動――に所属している彼女がいる。その彼女からの依頼で、働き手を集めていた。
『で、滅茶苦茶言いづらいんだけどな』『シアさんも誘って欲しいそうだ』
そこで湯浅は、優を誘ったもう1つの理由を明かす。上手い話には裏がある。もちろん、優という「裏方の働き手」を求めていたのも事実だ。しかし、あわよくば
――俺というよりは、多分そっちが本命なんだろうな……。
なぜ湯浅が連絡をしてきたのかと思っていた優だが、
『誘ってはみる』『だが、シアさん次第だ』『期待しないでくれ』
『俺の方も助かる』『シアさんが居れば』『大盛況間違いなしだろうしな』
それについては優も同意だが、あくまでもシア本人の気持ちを大事にしなければならない。
「シアさん、天の店を手伝うって言ってたな。間に合うか……?」
被服部の技術力をアピールする場として。また、部費を獲得するために企画されたとある教室企画。その参加の可否を話し合うために、優は早速シアに連絡をするのだった。
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