第2話 力ある者たち

 さかのぼること1週間前。シアは天、クレアと共に作戦本部にもなっているホテルを拠点として大規模討伐任務に当たっていた。

シア達に割り当てられた任地はホテル周辺の警備だ。教員たちからは、


『一番重要な本部が壊滅することはあってはならない。よって、可能な限りの最大戦力で守ります』


 という説明があった。その言葉を表すように、上級生を含めたシアがいるセル5人のうち、4人が魔力持ち、もしくは天人という構成だった。これだけ魔力が高い人々が揃えば、そこらの魔獣など瞬殺することができる。それはつまり、生き残ることが出来る可能性が高いということ。その事実にシアが喜んでいられたのは、初日だけだった。


「ひ、ま、だー!」


 1日目の夜。ベッドに飛び込んだ天が発した言葉に、シアは眉根を寄せる。


「暇なのは良いことですよ、天ちゃん。平和ってことじゃないですか」


 特派員の仕事が無いということは、魔獣が居ないということ。それは同時に平和であることも意味する。シアとしては天の魔獣の襲撃を待っているかのような言葉を聞き逃すわけにはいかなかった。

 持ち前の責任感がたっぷりと詰まったシアの言葉を受けて、天がベッドの上で身を起こす。


「馬鹿だなー、シアちゃんは。特派員が暇なのは良いことだけど、私たちが暇なのは良くないことなのに」

「ば、馬鹿……?!」


 嘲笑うように言った天の表情と言葉に、シアは少しムキになって聞き返す。


「おほん、どういうことですか?」

「これだけ魔力持ちと天人がいるセルが暇ってことは、兄さんみたいな普通の人たちが魔獣を倒してるってこと。つまり、死にやすい人たちが魔獣を相手してるってわけ」


 いまいちピンと来ていない様子のシアに構わず、天は説明する。


「学校は、私たちって言う最大戦力を温存して、まずは魔力が低い人たちで様子見をしてるんだと思う」


 宝の持ち腐れ。天が言ったその表現でようやく、シアはおおよその言いたいことを掴む。確実に魔獣がいる場所ではなく、魔獣や魔人がいる場所を固める。


「今の私たちは魔力持ちが居れば簡単に倒せる魔獣を、放置してるのとおんなじ。結果、私たち以外にしわ寄せが行ってるわけ」

「……っ!」


 シアはそこでようやく、自分たちが暇であることの罪について気付く。ここ以外の場所には確実に魔獣がいる。それが分かっていて、魔獣と対等かそれ以上に渡り合えるはずの自分たちが何もしていない。


 ――これじゃあ、皆さんを見殺しにしているのと同じです……っ。


 胸元でぎゅっと手を握りながら、己の考えの甘さを痛感するシアだった。

 一方、天としても、教員たちの言い分は理解している。本部が壊滅すれば指揮系統が乱れ、学生たちは混乱する。ホテルにある補給物資が無くなれば、遠い任地にいる学生たちの食糧事情も困窮してしまう。


 ――分かってる。でもなー……。


 天からすれば、魔力持ちである自分が魔獣と戦っていない。その事実に鬱憤うっぷんが溜まる。加えて。


「ただいま戻りました」


 そう言って部屋に姿を見せたのは、金髪碧眼の高身長美少女留学生クレアだ。彼女の存在が、天に余計な勘繰りをさせる。留学生である彼女を危険な場所に送りたくない。もし“何か”があっても、万全の状態だったと国際的にも言い訳が出来るように。そんな第三校の意図があるのではないかと思ってしまう。

 直接関係のない“外側”の圧力のせいで、戦うべき自分たちが戦わせてもらえない。天のフラストレーションは溜まる一方だった。


「お帰りなさい、クレアさん。電話、終わったんですか?」

「ええ、つつがなく。ノアは早速魔獣を倒したようで――」


 嬉しそうに幼馴染だというノアという少年について語るクレア。ノアが魔獣と戦ったということは、彼とセルを同じくする優と春樹も魔獣と戦ったということ。その事実に、天はすぐに思い至る。


 ――2人とも、大丈夫かな?


 果たして自分たちはこのままでいいのか。枕を抱きながら、天は1人ベッドの上で考えていた。




 魔力持ち2人と天人2人を含む、ある種、最強のセルに動きがあったのはそれから5日後。優たちが帰還する3日前の出来事だった。

 もはや警備という名の散歩になりつつあるホテル周辺の見回りをしていた天、シア、クレアの3人。先輩たちとは2手に分かれて行動していた。この頃になると、ちらほらと任務を終えたセルが帰って来たという知らせが届き始める。しかし、優たちの名前は一向に聞こえてこない。


「優さん達、大丈夫でしょうか……?」


 シアが、自身の“特別な人”を心配するのも無理からぬことだった。


「そんなに心配なら、この前みたいに電話してあげれば? 多分、兄さん喜ぶよ?」

「で、ですが……」


 シアは任務の前、優にとある動画のタイトルを言ってしまったことを後ろめたく思っていた。あの場をやり過ごすためだったとはいえ、どんな顔をして優と話せばいいか分からない。また、パソコンの画面に映ったあまりに衝撃的な動画とタイトルを瞬時に覚えてしまった自分が、シアは恥ずかしかった。


 ――破廉恥はれんちだと思われていないでしょうか。


 シアも優と同じく、気まずさを覚えている。その結果、先日のビデオ通話では一言も話すことが出来なかった。しかし、下手をすると、もう2度と会うことが出来ないかもしれない。例え想いを伝えられなくとも、想いを大切にしたい。そう思って、シアは天に相談する。


「め、迷惑じゃないでしょうか?」

「……ふぅ」


 顔を赤らめながら聞いて来るシアに、天はため息をつく。


 ――私の友達、初心うぶすぎ! 可愛い過ぎっ!


 どうして兄が春野あっちを選ぶのか、天は本気で分からない。いや、理由はなんとなく知っているが、それでも天はシアこっちの方を応援したかった。


「大丈夫、大丈夫。兄さんなんか寝取っちゃえ!」

「ねと……何ですか、それ?」


 と、のんびり話していた時だ。


「ソラ様、シア様。お願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」


 これまで1歩退いたところから天とシアの会話を聞いていたクレアが、みどり色の目を2人に向ける。その真剣な表情を見て、天とシアも気持ちと顔を引き締める。


「どうしたの、クレアさん?」

「実は先ほど、奈良公園で大型の魔獣が確認されたようです。どうやら死者も出たらしく」


 帰還の報告とは別に、救援要請なども本部には届けられることになっている。幸い、これまでは救援要請が来たことは無かったが、今日、初めて要請があった。

 今いるホテルと奈良公園までは〈身体強化〉で走って15分、車で10分ほどの距離にある。すぐに救援が向かうことになるだろうが――。


「そうなんだ。だけど多分、私たちにお鉢は回ってこないと思うよ?」


 天たちの任務は作戦終了まで本部の警備をすることだ。危険が低い分、どのセルよりも長く任務に当たることになる。こうしている今も、天たちは一応任務中なのだ。

 加えて、ホテルにはもう既に任務を終えて帰還した学生たちが居る。これまでの見てきた第三校の慎重な姿勢から見るに、まずはその学生たちを向かわせるだろうと天は思っていた。


「でしょうね。なので、これからワタシは独断で、奈良公園へ向かおうと思います。なので、見逃して頂けないでしょうか?」


 それが、クレアからのお願いだった。学校からの指示を無視して自分が独断で危険に飛び込んでいった。その形であれば問題ないだろうと、クレアは判断したのだ。


 ――魔獣は殺さなければならない。


 軟禁に近いこの数日間、クレアはその衝動を抑えてきた。しかし、それももう、限界だ。すぐ近くに魔獣がいる。その事実に、もうクレアは耐えられなかった。

 魔獣を殺しに行くには、お目付け役として自分につけられているらしい女子学生2人にお目こぼしをしてもらう必要がある。最悪、無理をしてでも魔獣を殺しに行く。そんな覚悟が込められたクレアのお願いに、


「ううん、それは無理」


 首を振ったのは天だ。やはり、とクレアは内心で思いつつ思考を切り替える。天とシアの隙をついて、さっさと奈良公園へ向かう。即断即決こそが魔獣討伐には大切であることを、クレアはこれまで経験してきた100以上の戦いで知っていた。

 と、天とシアを出し抜く算段を立てていたクレアの耳に、意外な言葉が聞こえてきた。


「私も一緒に行く。だから、クレアさんを見逃すことはできないよ? やるなら、共犯じゃないと」


 クレアがお目付け役だと思っていた少女――天が腕を組んで不敵に笑っている。その笑顔を見て、クレアは直感した。


 ――ソラ様もワタシと同じなのですね?!


 魔獣を殺す。魔獣を殺したい。そう思っていたのは自分だけでは無かったのだと、クレアも思わず笑顔になってしまう。


「シアちゃんはどうする? 行く? 残る?」


 天の意地の悪い質問に、シアも苦笑するしかない。


「そ、そんなの、もう決まっているじゃないですかっ」


 現状に不満を持つ少女は3人そろって、魔獣の待つ奈良公園へ向かった。




 かいつまんだ話を天から聞いた優は頭を抱える。任務の放棄。命令違反。規律を重んじる特派員としてあるまじき行為だろう。しかしそれ以上に、人々の命と平和を願うのが特派員でもある。


「助けに行ったのは、グッジョブか」

「さすが兄さん、私に甘い」


 シアは天人、神代天とクレアは魔力持ち。特派員として貴重な戦力になる。クレアに至っては外国からの賓客ひんきゃくだ。3人が退学などの重い処罰ではなく、注意で済んだ理由もそこにあると優は見ている。

 優秀な生徒の暴走に頭を抱える教員たちの姿がありありと浮かんで、優も思わず苦笑してしまうのだった。

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