第二幕・後編……「忘れかけていた想い」

第1話 手詰まり

 8月24日。夏休みも残すはあと一週間となった水曜日の朝9時。そろそろ朝の筋トレをしようかとジャージに着替えていた優の部屋のインターフォンが鳴った。カメラで見てみるとそこには妹の天の姿がある。とりあえず室内に招くと、開口一番。


「シアさん、知らない?」


 そんな質問が飛んできたのだった。

 ベッドに座って足を投げ出しながら聞いてきた天に、優は首を振る。


「知らないな。ってか、何で俺に聞く? 多分、天の方が仲いいだろ?」

「まあ、そっか。うーん……どこ行ったんだろ?」


 天は今日、シアと出かける予定だった。しかし、待ち合わせ場所にも来ず、連絡も取れない。部屋を訪れても反応無し。行き詰まったため、ダメもとで優のところを訪れたのだった。

 どうして自分の部屋にいると思ったのか、妹を問いただしたい優だが今は止めておく。炎天下、思い当たる節を探し回ったのだろう。天がうっすらと汗をかいていたからだった。

 携帯を取り出しながらベッドに倒れた天が、


「シアさんが遅れたことなんてなかったし、むしろ30分ぐらい前から待ち合わせ場所に居たこともあったのに……」


 仰向けになって、こぼす。そのままもう一度、連絡が無いかを携帯の画面を確認し始めた天を、優がちらりと見やる。ここまで誰かを心配する天も珍しい。やはりシアは妹にとって特別らしかった。

 今日、優は元々、自主練と映画か配信動画を見るくらいの予定だった。そのためたまには兄らしく、一肌脱ぐことにする。もちろん、シアのことは心配ではあるものの、優としては興奮し過ぎたシアが遅寝をして、うっかり寝坊した説が濃厚だと考えていた。


「……俺も心配だから、一緒に探すか」

「ん、ありがと。とりあえず、もう一回もっかい居そうな場所探してみよ」


 ジャージからTシャツに着替え優は天と連れ立って、晴れ渡る夏の空の下に繰り出した。




 1時間後。学生寮1階のエントランス。初任務の時、優とシアが任務の計画書を作成したその場所に兄妹はいた。他に、同じセルを組んでいると思われる学生たちも数組いるが、夏休みだけあって人気ひとけは少なかった。

 ソファの背もたれに身を預け、天井を向いた神代兄妹。2人の顔には少しの疲労と、困惑が浮かんでいた。


「……おかしい、よね?」

「まあ、そうだな」


 結論から言うと、シアは居なかった。広い学内とはいえ、一介の学生が行く場所など限られている。改めて、心当たりのある場所をしらみつぶしに捜索したものの、どこにもいない。

 何より、本人からの連絡が一切無い。その過程でシアと仲が良い女子学生を中心に話を聞いてみたところ、2日前まで確実に第三校にいたことが確認できていた。

 優が持ってきたタブレットに書き込みながら、情報を整理する。


「昨日の朝には連絡が返って来てたけど、午後からは既読がつかない」

「ああ。で、遊びの誘いには『人に会う約束があって』って言っていたらしいが……」


 つまり、昨日の正午から夜の間に誰かと会って、それを最後に音信不通になったということ。


「……え、胡散クサっ!」


 思わず天が叫んだ。十中八九、その“誰か”がシアの失踪と関わっている。まるで子供向けミステリー小説を読んでいるような、簡単な推理。

 だが、現実問題、その“誰か”を特定するのはかなり難しい。


「私とか友達に言えない、言っても意味が無い人ってことは、あんまり面識がない人なのかも。じゃなかったら、『○○さんに会うんです!』って言ってそうだもんね」

「面識が無い……学外の人か、もしくは先生とか研究者とか職員ってこともあるか」


 そうなってくると、容疑者は星の数ほどに上る。推理などしようも無かった。

 ふと、天の脳裏に“魔女狩り”の単語がちらつく。いつもの直感とは違って確信は無いが、無関係とも言い切れない。もし魔女狩りが関わっているのであれば、シアの身が危ないということでもある。


「……こうなったら、シアさんの部屋に突入する?」


 軽く言っているが、天の目から本気であることを悟った優。


「侵入の間違いだろ? 犯罪だ。さすがに見過ごせない」


 法を犯そうとする妹の茶色い瞳を、優が真正面から見据えて止める。正論を振りかざす兄に少し険しい顔をした天が揶揄からかうように言う。


「兄さん、真面目過ぎ。シアさんが心配じゃないの?」

「もちろん、心配だ。大切な仲間だしな。逆に天はどうしてそこまで心配してる?」


 質問に質問で返された天が、押し黙る。そんな彼女に、優は兄として続ける。


「シアさんも大人だ。それに、天が守ってあげないといけないほど、弱い人でもない」


 ともに戦ってきたからこそ言える優の言葉。“仲間”であるシアを信じていると言う優の言葉に、しかし。天は何度も遊んできた“友人”として反論する。


「兄さんこそ分かってない。シアさんがどれだけ馬鹿で、危なっかしいか」

「いや危なっかしいは分かるが、馬鹿ってお前……」


 天の散々な良いように、ツッコまざるを得ない優。まだ本気になれない兄に語気を強めて天が言う。


「私に“予想外”をくれる数少ない人なんだ。それに大切な友達だもん。心配して、何が悪いの?」

「違う。シアさんのことを心配すること自体は悪くない。その手段が間違ってるって話だ」


 少し感情的になっている天を落ち着けるためにも、優は冷戦だ。誰にでも“等しく”手を差し伸べて来た天。そんな彼女が得た“特別”な存在。その扱いに戸惑っているのだと優は推測する。誤解されやすいが、妹は他人に興味が無いわけでは無い。賢明で、人一倍正義感が強いだけの1人の女の子なのだ。

 生まれ持った強力な力があったために、周囲に頼られ、ゆえに他人の力を信じられなくなった。だから、自分1人で全てを守ろうとして、その望みが叶うように、最大の努力をしているだけでしかない。

 そんな妹が格好良く無いわけがないと、優は信じている。だからこそ、天には間違ってほしくない。


「落ち着け、天。まだシアさんが危険な目に遭ったと決まったわけじゃない」

「でも“魔女狩り”だってある。危ない目に遭ってる可能性の方が――」

「ちょっといいかしら?」


 エントランスで口論していた兄妹に声をかけてきた人物があった。腰に届きそうなほど長い赤みがかった長い髪。勝気な口調に吊り上がった目元は気の強そうな猫のようでもある。優と同じか少し高い170㎝越えの身長で、ソファに座る優たちを見下ろす人物。

 魔力持ちで、魔力至上主義者であることでも有名な彼女こそ、首里朱音しゅりあかねその人だった。

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