第2話 首里朱音からの提案

「ちょっといいかしら?」


 そう言って優と天の兄妹げんかに介入したのは、気の強そうな猫を思わせる首里朱音しゅりあかねだった。形が整えられた細い眉を逆立てて聞いてくる首里に立ち上がって応えたのは、同じクラスメイトである優だった。


「首里さん……。すみません、うるさかったですか?」


 一応、優も天も声のトーンには最大元気を配っていた。しかし、口論のようになっていたために聞き苦しかったかもしれない。そう思っての謝罪だった。が、ある意味で優の、首里は彼を無視して天に向き直る。


「こうして面と向かって挨拶するのは初めましてですね、神代天さん。わたくし、首里朱音と申します」


 そう言って履いていた赤いスカートをつまんで優雅に挨拶をした。

 首里の言う通り、面と向かっての挨拶は初めてになる。しかし、天の方は2回目の外地演習の際に気を失って運ばれてきた首里を見たことがあった。


「……神代天です。よろしく。それより、兄さんがあなたに質問してるんだけど?」


 座ったまま、礼儀として会釈を返した天。演習の際、首里は同級生を守るために森に散らばった魔獣を掃討して、魔力切れを起こしたと聞いていた。そこに正義感を見て取った天は首里に好感を持っていたのだが、兄を無視するその態度を見て一度評価を改める。

 非難の色を含んだ天の視線と発言で、ようやく首里は少し赤味がかった瞳を優に向けた。


「別に、うるさくは無かったわ。ただ、シア様の話をしてるみたいだったから」


 身体の前面で腕を組み、冷ややかな目で言った首里。魔力至上主義者にとって、魔力が総じて低くなる無色のマナは差別対象。彼らなりに言えば、神に愛されていない存在になる。首里自身の家庭事情も相まって、優への当たりは普段からきついものだった。

 当の優はと言えば、4か月近くクラスメイトをしている。態度については慣れたもので、特段気にすることなく、発言だけに注意を向ける。


「もしかして、シアさんのことについて何か知ってるんですか?」


 期待と緊張を込めて尋ねる優。もし首里が新たな情報を持っているのであれば、居所についての手がかりになる。他方、魔力至上主義者である彼女しか知らない情報があるのだとすれば、それは“魔女狩り”に関わっている可能性を大きくすることになる。果たして――。


「ええ、知っているわ。週明けには帰ってくると思う」


 確信に近い口調で、優の質問を肯定した首里。シアと親しい優と天ですら知らない情報の出どころ。間違いなく魔力至上主義関係の情報網だった。

 あくまで何気なく。顔に完璧な笑顔を浮かべて、天が聞いてみる。


「どうして首里さんがそれを知ってるの? ――もしかして昨日シアさんが会った人って、首里さん?」


 素直に答えるわけがないだろうと、首里の一挙手一投足に注意を向けていた天だったが、口調を丁寧なものに変えた首里は、


「そうです。幹部の方からシア様をと第1駐車場にご案内するよう、言われていたので」


 あっさりと肯定した。あけすけな態度に思わず目を丸くする天。すぐには二の句を告げずにいる妹に代わり、優が尋ねる。


「幹部っていうの至上主義の教団の話、ですね。駐車場に連れて行って、それからは?」

「さあ? 何か話していたみたいだけど、そのまま車に乗り込んで市内の方へ行ったわ。言っておくけど、誘拐っていう雰囲気では無かったわね。天人に対してそんなこと、私がさせないもの」


 優と首里のこのやり取りでようやく天も、首里が魔力至上主義者であることを知る。同時に、優を差別する人種であることも理解した。


「ふうん? その割にはシアさんと連絡がつかないんだけど?」

「……さあ、どうしてでしょうね?」


 飄々ひょうひょうと嘘をつく首里に天がたたみかける。


「じゃあ、今日帰って来てないのはなんで? シアさんが帰ってくるのは週明けって言った。首里さんは誘拐はダメでも、人を数日間監禁するのは許すんだ?」

「それはっ……」


 声を上げそうになった自分を自覚して、首里は一度大きく息を吐く。そして、自身の赤毛を払って見せるととある提案を持ちかけた。


「分かりました。それでは明日、運動場横の外地に来てください。そこでわたくしとの1対1の勝負に勝てば、わたくしの知る情報全てをお話ししましょう」


 願っても無い提案。渡りに船と言えるだろう。賭けの代償が気になるところだが、手詰まりである今、天が首里の提案に乗らない手は無い。


 「唐突だね。でもいいよ、絶対に私が勝つから」


 天はソファに座ったまま強気に笑って、首里を見上げる。しかし、首里は天の言葉に首を振った。


「いいえ、が勝負するのは天さんではありません。……が勝負するはあなたよ、神代」

「……は?」


 唐突に指名され、優は素っ頓狂な反応を返すことになる。


「明日、わたしの両親が学校に来る。両親が見ている前で私に勝つことが出来れば、シアさんについて知っていることを全部教えるわ。何なら、シア様のいる場所まで連れて行ってあげる」

「……圧倒的に首里さんが有利じゃん」


 勝算の高い相手を指名する首里に、今度こそ侮蔑の視線を向ける天。そんな天の言動にほんの一瞬だけ顔をゆがませた首里だったが、すぐにいつもの冷たいまなざしを作り直す。


「どうするの? やるの? やらないの?」


 聞いているくせに答えなど興味ないと言いたげな態度で、優を見る。


「兄さん、断って。私がこの人ぶっ倒すから」

「いいえ。天さんには両親と、それから敗者の護衛をお願いします。負けて倒れるお兄さんを外地に放置する気ですか? それに天さんでもわたくしには勝てませんし、万が一勝てても情報は伝えられません」

「言ってくれるじゃん。その言葉、覚えててよ」


 舌戦を繰り広げる魔力持ち2人の横で、優は今一度考える。首里の行動にあるちぐはぐさとその理由を。授業に演習、仮免許取得試験と、これまで首里が見せて来た行動の数々。

 やがてそこにとある可能性と首里のを見た優は、首里朱音と言う1人の人物を、信じることにした。


「分かりました。その勝負、受けます」

「そう。それじゃあ詳しい場所は後で連絡するから。連絡先を頂戴」


 そういった首里と連絡先を交換すると、さっさと彼女は去っていく。


「私、あの人モノ先輩の次に嫌い」


 そう言って首里を威嚇する天と並んだ優は、友人も連れずたった1人で階段を上って行く同級生の背中を見送った。

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