第3話 家族愛

 迎えた翌日。天気は快晴だった。第三校の東側にある運動場。陸上部数人がトラックを気持ちよさそうに走り抜け、その内側では走り高跳びなどが行なわれている。

 そんな運動場の外れ。境界線を示すコンクリートブロックのすぐそばには首里の両親と、もしもの時に彼らを守る天。そして、ブロックを挟んで外地側に優と首里がいた。

 首里の父、首里元仁しゅりげんじんは男性にしては細い身体に鋭い目つきをした40代半ばの男。一方、母親のアンナは赤毛で堀の深い、米国出身の人物だった。


朱音あかね。今日俺たちはお前が着るドレスの採寸に来ただけだぞ。なのに、こんな暑い場所で……何を考えている?」

「あなた? あのアカネちゃんよ? きっと何かすごいものを見せてくれるに違いないわ」


 激昂する父親を、母親が日傘を傾けながらなだめる。そんな首里の両親の姿を見やって、優が口を開いた。


「首里さん、愛されてますね」

「そうね。だってわたし、魔力持ちだもの」


 純粋な感想を漏らしたつもりの優だったが、首里としては最大の皮肉として聞こえる。

 我が子を信じているように聞こえる母親の言葉は、その実、“魔力持ち”である自分を信じているだけなのだと首里はよく理解していた。

 首やすねなど、身体の急所に装着したペイントボールを確認しながら、首里が改めて対決のルールを説明する。


「ルールは対人実技試験と同じ。相手のペイントボールを先に破壊した方が勝ち」


 やはり。魔力が低いものの勝機がより高いルールだと、優は納得する。

 無色のマナによる殺害を警戒したとも見えなく無い。それでも、優たちが首里からの情報を頼りにしている以上、首里自身の身の安全は限りなく保証されている。であれば、一般的な寸止めルールでよい。その方が、魔力が高いものがより優位かつ安全に戦える。ペイントボールを使用した場合、不意打ちなどで破壊されてしまえばそれでおしまい。

 が、わざわざ教務課学生サポート係からペイントボールを借りてまで、対人実技試験と同じルールを用意した。その理由は――。


「この方が、人を攻撃できないあなたと対等に戦えるでしょ?」


 自身の長い赤毛を手で払って言った首里があえて言葉にする。さらに首里は、天をちらりと見やって、


「負けた時に言い訳されても困るしね」


 挑発的に言った。ムッとした表情を浮かべた天だったが、余計な口を挟むことは無かった。

 負けるつもりはない。そんな首里の態度から、優は彼女が本気であることを悟る。そのうえで、首里にはまだ何か考えがあるのだろうことも。


「わかりました。俺が勝てばシアさんについての情報を全て教えてもらいます」

「約束するわ。わたしが勝ったら……」


 とそこまで言って言葉を止めた首里。どんな要求をされるのか。優が緊張しながら身構えること10秒ほど。たっぷりと考え込んでいた首里は、優が負けた時の代償を口にした。


「私が勝ったら……そうね。神代優には退学してもらおうかしら」

「……はい?」


 思わず聞き返してしまった優に、一度頷いた首里は再度言った。


「聞こえなかった? 私が勝ったら、あなたは第三校を辞めるの」


 恐ろしく大きな代償に優が言葉を詰まらせる。そんな優に代わって声を上げたのは天だった。


「ふざけんな! それがあんたの目的だったんだ?!」


 そもそも天は、おかしいと思っていた。シアのことを教えたいのであれば、素直に教えればいい。逆に教えたくないのなら、そもそも自分たちに声などかけなければよかったのだ。

 にもかかわらず首里は姿を見せ、けれども情報は教えないと言う。教えたいのか、教えたくないのか。その曖昧な態度の裏が読めなかったのだ。そんな彼女の目的を、ようやく天は知らされた気分だった。


「魔力至上主義だもんね。無色の兄さんが気に入らない。だから徹底的に排除する……。そう言うことなんだ?!」


 シアの情報と言うエサを垂らして兄を釣り、排除する。天と戦わないのもそれが理由。なぜなら自分は魔力持ちだから。首里が魔力至上主義者であることも含め、筋が通った理屈だった。

 身勝手な主義主張で他者を傷つける。あまつさえシアに“何か”をしている魔力至上主義の人々。もし彼らが兄の夢をも潰そうというのなら――。

 ゆらゆらと天の身体から立ち上がる黄金色のマナ。それに揺られて、黒と金の髪も揺れる。


「させない。……神様だろうが、魔力持ちだろうが、関係ない。兄さんの邪魔は、誰にも――」

「大丈夫だ、天。落ち着け」


 今にも暴発しそうな妹を、優が平坦な口調でいさめる。暢気に見える兄に、天の怒りの矛先が向かう。


「何が大丈夫――」

「大丈夫だ。俺が勝つ。それでシアさんのことを教えてもらう。それで全部丸く収まる」


 怒りはそうそう持続しない。常に感情と向き合い、感情を殺してきた優だからこそ、知っている。案の定、ほんの少し時間が経っただけで、天の怒りは簡単に静まってしまった。


「……その自信、どこからどっから?」


 不貞腐れたように聞いた妹に対して、


「相手が首里さんだから、だな」


 優はどこか余裕すらも感じさせる顔で言う。それに反応したのはもちろん首里当人、ではなく彼女の両親だった。


「おい、舐め腐るなよ無色風情が。神に愛されているうちの娘がお前なんぞに負けるわけないだろ」

「もしかしてアカネちゃん、こんな野蛮な子たちと付き合ってるの? この前もやめなさいって言ったばかりじゃない」


 父親が優に嘲りを、母親が娘にやれやれと言った態度を見せる。そんな、母親の言葉から優は、昨日も今も首里が1人である理由を察した。性格には難があるが、カリスマ性のある首里。友人も意外と多い、そんな彼女が1人でいた理由を。そして、今度はきちんと皮肉を込めて言う。


「……本当に、愛されていますね」


 首里ではなく、彼女の両親に向けた皮肉。それを敏感に感じ取った首里が、薄っすらと笑う。


「本当にね。反吐へどが出るわ」


 何かを諦めたようなその笑顔は、優が何よりも嫌うものだった。天と、首里の両親。勝手に盛り上がる外野を無視して、優と首里は向かい合う。気づけば互いに準備は整っていた。


「それはともかく、なかなか言ってくれるじゃない。わたしだから勝てる? 見くびられたものね」

「俺が知っている首里さんなら、ですが」


 首里が自然体に、優が身を低くして構える。


「知ってるって、わたしと神代、ただのクラスメイトってだけじゃない」

「そうですね。まあでも、春樹と戦った時の首里さんの動きは見ていますし、演習の時の話も聞いてます。もちろん、授業でも」


 特派員仮免許試験の対人実技試験で行なわれた、首里と春樹の戦闘。その様子、そして日々の観察から作り上げた「首里朱音」の人物像から、優は勝機があると踏んでいた。

 勝てば大切な存在であるシアへの手がかりを掴め、天の“特別”を守ることが出来る。だからこそ、余りに重い代償も受け入れる。負けなければいい。全てを諦めずに、最善手を目指す。優にとっては、ただそれだけの事だった。


「……そう。退学してから後悔すると良いわ」

「悪いですけど、天が見ている手前、負けられません」


 そう言って互いに視線を交わす。開始の合図は無い。それでも2人は同時に魔法を使用する。

 首里の苛烈さを表すような紅のマナと、優の無機質で無色透明なマナが陽炎のように放出される。


 勝敗は10秒にも満たない時間で決した。

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