第8話 餞として
初任務から2日後。8月13日。
優、天、春樹、シア、常坂の5人の姿は、第三校からほど近い葬儀場にあった。殉職した
魔獣がいる今、死体を置いておくことそれ自体に様々な危険性がある。
よって、今では
西方の両親をはじめとした親族。その他優を含めた友人たちが下を向いている。そのほとんどが第三校の学生。
天や常坂のように普段親交は無かったものの、義理で参加している者もいるかもしれない。それでも、およそ1か月という短期間にもかかわらず、彼が慕われていたことが伺えた。
火葬炉に入る直前、告別式ほどではないにしても別れの言葉を告げる時間がある。
西方の両親たちの言葉を受けて、シアが棺に歩み寄る。空いた棺の小窓からは死に化粧をした西方の幼く、きれいな顔が良く見えた。
「ごめんなさい……」
そう呟く彼女の唇は強く引き結ばれ、体の横では拳が強く握られている。彼女を庇って刺さったナイフが致命傷になったのだ。もともとの責任感の強さもあって、罪悪感という意味では優以上のものだった。
鼻を、頬を、目頭を赤くしながら、それでもシアは言うべきことを言葉にする。今を逃せばもう本当に届かないことを、知っているから。
「守ってくれて、ありがとうございました」
故人の耳には届かないとしても、その心に届くと信じて頭を下げる。
「想いを伝えてくれて、ありがとう、ございました……っ!」
サラサラと揺れる艶やか黒髪の隙間から、きらりと光る雫が落ちた。
そうして膝から崩れ落ちたシアの隣。優の肩に、ふと置かれた手。見れば、上を向いて鼻を鳴らす春樹がいる。口惜しさと寂しさで濡れる瞳から涙がこぼれないよう、必死で我慢しているようだ。が、その努力もむなしく、もうすでに涙は溢れてしまっていた。
春樹やシアが涙ぐむ姿を見て、ようやく優に実感が湧いてくる。
今までは任務を終えた達成感で地に足がつかないような、祭りの後のような、フワフワした気持ちだった。どこか現実感のない生活。ひょっとすると任務も、西方の死すらも夢なのでは。そう思わなかったと言えば、嘘になる。
「――そうか」
ようやく優は気付く。心の奥底ではずっと諦めたくなくて、認めたくなくて。そうやって、西方の死を直視していなかった自分に。
自分が西方の死を認めれば本当に彼が死んでしまう。逆を言えば、自分1人でも諦めなければ、西方は生き返るのではないか。そんな理想とも呼べない空想を未だに描いていたのだ。
己が背負うべき罪を、見ることが出来ていなかったのだ。
「そう、なんだな……」
現実を直視した、つぶやきが漏れる。同時に、優の頬を熱が伝う。それは優が第三校に入って以来、初めて見せた涙だった。
そして、彼が初めて見せた“諦める姿”にシアが嗚咽を大きくする。2度の演習、魔人との戦闘。これまで何度も優は諦めずに、シアが絶望した状況をひっくり返してきた。
だから、西方の死も彼が諦めない限り、ひょっとすると、万が一、もしかして。彼女もそう、どこかで思っていた。
けれども、もう、叶わない。
堪え切れない感情は雫となってあふれ出し、白いマナがその身から漏れ出て周囲を照らす。
優とシア、2人が抱えていた希望がその時ついに、
任務中、何度も口にした謝罪の言葉。でも本当は、そんなことがしたかったのではない。
優は彼からもらったもの、彼が残したもの。その全てに感謝がしたいのだ。
「……俺の良い所を教えてくれて、ありがとう。任務について来てくれて、ありがとう。果歩ちゃんを守ってくれて、ありがとう。全部、全部、ありがとうな、西方」
自分を信じてくれた友の顔を少しでも長く刻みつけるために、優は西方から目を離さない。
誰が何と言おうと、優自身が語った理想によって生まれた犠牲から、目を背けない。自分が背負うべきもの、背負いたいものを、見つめ続ける。
『僕こそ、ありがとう、神代君』
と、その時。どこからか西方の声が聞こえた。希望を込めて彼の亡骸を見る。けれども、やはりそこには生気のない“遺体”があるだけ。
しかし、確かに聞こえた気がする。優が周囲を見回すと、
「兄さん、どうしたの、その身体……」
目を丸くする天の姿があった。彼女の言葉で、優は自身が白いマナの光に包まれていることに気付く。
「これ、シアさんの権能……?」
「あれ? どうして――」
本人すらも意識しないまま、想いが〈物語〉として発動する。
やがて2人の脳裏に流れ込んできたのは、西方の人生の記憶。静かな幼少期。ある日やって来た“憧れ”。学校で無視され、浴びせられる暴言。暴力。ふさぎこみ、自分を責める退屈な日々。
そこに提示された“希望”。光。勉強に魔法と、努力を重ねる日々。
気づけば、火葬台の横に立つ西方の姿があった。優が周りを見て見ると、時間が止まったように皆が動きを止めている。モノクロの世界で動いているのは自分と、シアだけだ。
『そっか、僕、死んじゃったのか』
自分自身の遺体を眺めながら、普段通り、眼鏡をかけた童顔おかっぱの西方が苦笑している。
「これ、西方さんの……?」
『そう、僕の記憶の全部。なんだか恥ずかしいな……』
そうして恥ずかしそうに照れている姿は生きているよう。しかし、彼が着ている服はまさに今、棺の中の彼が来ている白装束だ。
「西方?! 良かった生き返って――」
『ううん、違うよ神代君。さすがに権能でも、人を生き返らせることはできない』
本人からそう言われ、優は冷や水を浴びせられた気分になる。やはり奇跡は起きないのだ。
「……じゃあ、今、俺達の前にいる西方は?」
『それは僕にも分からない。でも、きっと、神様からの奇跡なんだと思う。もしくは――』
諦めなかった誰かの奇跡なのかも。その言葉に、考えを改める。現にこうして、死者と会話するというあり得ないはずの事――奇跡が起きているではなないか。
「そうだな。そうだと良いな」
『うん、きっとそうだよ』
残された時間がわからない以上、そこから優は悔いが残らないように必死で言葉を紡ぐ。たとえこれが、幻想だとしても。ここでのやり取りに意味が無かったとしても。自己満足だとしても。
自分が彼を死なせてしまった罪を背負う、その覚悟のために。そして最後に、決意の
「本当に、ありがとう、な。西方……。ほん、とに……っ」
『ちょ、泣かないでよ神代君!』
「そう、だな。でも、悪い……。なんかもう、止まらなくて」
ごしごしと目元をぬぐう優。西方が見て来た頼れる優の姿からは想像できない頼りない優の姿。最後に見せてくれた
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