第9話 希望の白

 雨が降る森の中。崩れた木製の小屋がある15mほどの空き地で、優とシアは3つの頭と肉々しい昆虫の羽を持つイノシシの魔獣と相対していた。

 助けが来るまでの時間稼ぎを考えていた優とシアだったが、一度、魔獣を倒すことが出来ないかを試すことにする。


「俺が足止めしながら、前の魔獣を相手します。シアさんは後ろの森に隠れている魔獣を警戒しながら、隙を見て〈魔弾〉を撃ってみてください」

「分かりました。やってみますっ」


 優は見えているイノシシの魔獣に一歩近づいて、なるべく前後をケアできるよう意識する。

 初めての魔獣との戦いで優がこれほど落ち着いていられるのは、春樹や子供たちを守らなければならないという使命感が緊張を上回っているからだ。

 特派員として、ヒーローのように。そう思うだけで優は恐怖も焦燥も、絶望すらも、忘れることが出来ていた。


「でも、最優先はあくまでも小屋にいる4人の保護です。隠れている魔獣が、そっちを狙っている可能性も十分ありますから」


 魔獣の中には連携して“狩り”を行なうやつもいたと、過去の事例を見ていた優は知っている。可能な限り想定できる情報を整理していた。

 優の作戦に頷いたシア。一方で、心の底ではその冷静さに感嘆していた。


 ――私は焦って、落ち込んで、迷惑をかけてばかりなのに……。


 天人として、死ぬまでに一度くらいは、役に立ったと言えるような働きはしておきたい。頼りになる少年の作戦の一助になれるよう、シアは〈身体強化〉に加え、〈魔弾〉で攻撃の準備を、〈創造〉で小屋にいる4人を守るための檻を創るイメージをしておくことにする。

 やがて、魔獣が身をかがめ、足を鳴らした。


 ――来る。


 優が身構えた瞬間、イノシシの魔獣が駆け出す。優たちと魔獣。両者の間にあった10m以上の距離が一瞬で消え去る。

 まさしく弾丸のような突進を、優とシアは左右に跳んでかわす。これで挟み撃ちの状態ではなくなって一安心、と言っている暇もない。突進した魔獣が着地後すぐに、もう一度突進の構えを見せた。狙いは、優だ。


 ――ここです!


 そのタイミングでシアはマナを絞った狭い範囲の〈探査〉を行なう。今、必要なのはもう一体の魔獣に関する情報だけのはずだ。別の場所でも戦闘しているかもしれない以上、彼らの邪魔になる可能性もある広範囲の〈探査〉はするべきではない。シアもシアで懸命に思考を巡らせ、天人として、自分がするべきことを考える。


「もう1体は?!」

「動いていません!」


 シアの情報を聞いて、2体が連携している様子はなさそうだと判断し、優は仕掛けてみることにした。


「じゃあ次、お願いします!」


 そう、優が言い終わるかどうかのタイミングで魔獣の突進が来る。先ほどよりも距離が近い。それでも、直線的なその攻撃は軌道を読みやすい。もう何回も突進を見てきた。

 幼少から天の兄として、また、格好良い特派員ヒーローになるために魔力の低い自分は何をすべきか考えてきた優。やがて彼が導き出した答えは、なるべくマナを使わない戦い方。つまるところ、回避中心の戦い方だった。以降は、回避するうえで最も大切になる経験と予測。そして、動体視力を鍛えてきた。

 そうして培ってきたもの全てを使い、ギリギリのタイミングで攻撃範囲から外れる。


 ――よし、次だ!


 なるべく少量のマナで、大きな隙を作る必要がある。魔獣の四肢が浮き、前足が地面に着く直前。


「〈創造〉!」


 テニスボール大の、小さな丸いマナの球を魔獣の着地点に置く。優のマナはシアが予想していたように無色――透明だ。加えて、魔獣は空中にいる。何かあるとマナの感覚から察知できても、どうしようもない。

 見えない何かに乗り上げる形で魔獣が四肢を投げ出した形でつんのめり、ぬかるんだ地面を滑る。


 ――いま!


「やぁっ!!」


 掛け声とともに、ありったけのマナを込めて、半身で伸ばした手から〈魔弾〉を放つ。

 天人であるシアは、生きてきた中で全力で〈魔弾〉を使う機会が無かった。その威力はシア自身も未知。


 ――優さんが期待するような結果を出すことが出来ればいいんですが……。


 そんな消極的なシアの思考とは裏腹に、小屋の前の空き地を純白のまばゆい光が照らす。優の視界を覆う白い塊。あの体に、どれほどのマナが貯められているのだろうか。

 シアの身長の半分ほどもある巨大な雪玉のような〈魔弾〉が、転んだ魔獣めがけて放たれる。

 魔獣もすぐに起き上がろうと足に力を込めるも、濡れた地面が思うように行動させてくれない。


 そして、シアが放った〈魔弾〉が魔獣を完璧にとらえる。


 鉄骨が落ちたような、重量を持った音が森に鳴り響く。木々は葉にため込んだ雫を飛ばし、鳥たちが雨を忘れて飛び立った。残されるのは雨が自然をたたく音だけだ。

 優の視界の先。全身から血を吹き出しながら、魔獣が吹き飛ぶ。体はひしゃげ、受け身を取ることすらできていない。どちゃどちゃと泥の地面をはねたイノシシの魔獣は5mほど吹き飛んだところで止まる。3つとも白目をむいたその顔を含め、全身が、その魔獣が絶命したことを如実に語っていた。


「……格好良いな」


 見とれてしまうほどの高火力。これが天人の〈魔弾〉。優が使った魔法と同じとは思えない。その時、優が感じているのは無力感というよりも、憧れに近いものだった。どうしても届かない、それでいて、どうしても届きたいと思ってしまう。あれだけの力があれば、どれほどの人を守ることが出来るだろうか。

 その憧憬を原動力に、優は全員が生き残るための道筋を再度、考える。先ほどからシアは、優の提案に文句ひとつ言わず従ってくれている。少なからず信頼されていると思いたい。

 あるいは元神である天人らしく、深遠な考えがあるのか。いずれにしても、優のするべきことは変わらない。


「ありがとうございます、シアさん。これで進藤さんたちが来るまでどうにか持ちこたえられるかもしれません」


 優が〈探査〉で近くの情報を知る限り、先ほどの魔獣と、今も隠れている魔獣の魔力は同じくらい。油断はできないとはいえ、シアが〈魔弾〉を当てられる状況を作り出すことが出来れば、仕留めることが出来るだろう。


「……あ、はい。……え?」


 一方、魔獣を打ち倒したシアは、何が起きたのか自分でも分かっていない。自分が全力で〈魔弾〉を使ってみれば、予想外に大きな弾が出来上がり、反射的に打ち出してしまっただけだ。そして、気付けば遠くで魔獣が倒れている。

 現実味のない一連の出来事に、どこか間抜けな返答しかできなかった。

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