第7話 致命的な隙
〈探査〉によってジョンと下野を口内に収めた魔獣が境界線へと向かっていることを知ったシア。そして、優の言葉を受けて、その魔獣の目指す先にいる人物が、恩人でもある神代天だと知ったシアは、密かに絶望していた。
「そん、な……」
神代天。先の授業で、困っていたシアを助けてくれた人物だ。シアが、彼女となら啓示を乗り越えられるかもと思った、不思議な少女。その彼女にすら、
――私と関わったせいで、ジョンさんも、下野さんも、神代さんも……。全員が魔獣に襲われた。
シアの中でくすぶっていた自責の念が、さらに大きくなる。そもそも、少し考えればわかることだっただろうとなおもシアは自分の
「うそ……嘘、です……」
思考がまとまらず、無意識に魔法が機能しなくなる。シアを包んでいた白いマナの膜――〈身体強化〉が解除され、無防備をさらす。魔獣という捕食者を前に、それはあまりに大きな隙となった。
「――シアさん!」
「あっ……」
弾丸のような魔獣の突進がシアに向かっていた。すぐに魔法を使用しようにも、混乱した頭ではイメージが間に合わない。
〈身体強化〉が無い今の状態で魔獣の突進などもらえば、吹き飛ぶどころか体に穴が開くことになる。せめて心臓だけでも守ろうと反射的に身をひねるのがシアの精一杯だった。そうしてさらされたシアの右半身を、跳び上がった魔獣が吹き飛ばす――寸前。
重いもの同士がぶつかる鈍い音と見えない衝撃を受け、魔獣の突進が、シアから見て少しだけ右に逸れる。シアが身をひねっていたこともあって、運動着にしていた中学時代の緑色のジャージをかすめ、魔獣は通り過ぎて行った。
「ギリギリ、間に合った」
優が〈魔弾〉の魔法を使って、魔獣の突進を逸らしたのだ。優が使った〈魔弾〉は凝集したマナの塊を打ち出し、衝突時点で爆発させるシンプルな魔法だ。マナの消費量が激しく、ただでさえ魔力が低い優にとっては手痛いマナの消費になった。それでも、優の手が届かない場所にいたシアを助けるにはこの方法しかなかったため、後悔は無い。
「魔獣は……?!」
どうにか対処しきったその感慨に浸る間もなく、優は視線を巡らせる。シアをかすめた多頭のイノシシはすぐに着地し、転身して、こちらの様子を伺っている。ふらつく様子もなく、特段ダメージを受けた様子は見られなかった。
「す、すみません……!」
すぐに〈身体強化〉をし直して、臨戦態勢を取り戻すシア。今自分が死にかけたのだと理解し、肝を冷やす。おかげで少し落ち着くことが出来、謝罪よりもすることがあるだろうと優に感謝の言葉を述べた。
「助かりました。ありがとうございます。……魔法、ですか?」
状況から見て、優が魔法を使ったのだと察したシア。しかし、魔法を使った際に現れるマナの発光が見られなかった。武芸の達人には“気”なるものを放つ人間がいるとシアは本で読んだことがあるが、あくまでもそれはフィクションの話。
となると、優は
姿勢を低くしてこちらを伺う魔獣から目をそらさず、優はシアの問いかけに頷く。
「……はい、〈魔弾〉を。一応、倒すつもりだったんですが……。俺の魔法だと、倒すのは無理そうです」
倒せずともダメージを負わせることはできると思っていた優。しかし、実際は、たいしてダメージを与えられた様子はなく、どうにか魔獣の突進を逸らすだけに終わった。さらに、状況は悪いと優は見ている。
先ほどのシアの情報が確かなら、今、目視している頭を3つもつイノシシの魔獣と、突進前にその魔獣の後ろに姿を隠していた魔獣。2体の魔獣に前後を挟まれてしまっていることが予想された。
「シアさんの魔法なら、倒せそうですか?」
普通の人間でしかない自分では無理だが、天人のシアならどうかと優は期待を込めて聞いてみる。ザスタや天の〈探査〉もそうだが、魔力が高い人たちが使う魔法は、一般人が使う魔法とは一線を画する規模と威力を持つ。現状、助けが来るまでの持久戦を想定しているが、倒すこともできるかもしれない。そして、魔獣を倒せるのなら、それに越したことは無いと優は思っていた。
そんな優の問いかけに、シアは本音をこぼす。
「魔獣との戦闘は初めてなので、正直、わかりません。ですが、ダメージを与える程度であれば可能だと思います」
とは言えそれはシアの使う〈魔弾〉が当たれば、の話だ。発光しながら迫ってくるマナの塊に、魔獣もそう簡単には当たってくれない。奇襲をしようにも、マナを常に放出している彼らに死角は無いと言っていい。
先ほどのように空中に跳び上がっていたり、攻撃に意識が向いていたり。あるいは、反応できない速度で攻撃しない限り、避けられてしまう。
近接戦闘では魔獣の高い身体能力を。遠距離戦闘では彼らの鋭い勘と魔法的感覚野を攻略する必要があった。
「本当に厄介だな……」
人が魔獣退治に苦戦するわけだと、優は奥歯を噛みしめた。
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