第6話 魔獣

 〈身体強化〉を使ってシアを薄暗い小屋から引き上げた優は、まず彼女に籠城作戦が出来ないか提案した。天人の魔力があれば、魔獣の攻撃をしのぐほどの強固な檻を創ることが出来るからだ。

 そんな優の作戦に、シアは一考してから答える。


「〈探査〉で感じた魔獣の魔力であれば、30秒程度は持つかと思います。ですが、破壊された後は……」


 魔獣の襲撃を防げないと、暗に伝える。自分以外のマナを直接操作できないという魔法の性質があるため、地面に埋まった檻を作ることはできない。となると、檻を空中に作り、加速させて地面に埋めるなどする必要があった。


 魔獣がまだ到達しておらず、事前準備ができる今ならそれもできる。しかし、ひとたび檻が破壊されれば、彼らはその隙に人というご馳走にまっしぐら。新たに檻を作って埋める時間はないだろう。

 それに檻に閉じこもるということは、子供や負傷者がいるここに魔獣を近づけるということでもある。何か不測の事態があっても、対応することが出来なくなる。


 ――30秒で助けが来るかわからないし、檻が破壊される可能性も残る、か。


 結局、優とシアは籠城作戦ではなく、助けが来るまでの時間稼ぎ――足止めをすることにした。

 先に小屋の残骸から降りた優は、どれくらい時間が稼げるだろうか考える。


 ――魔獣が現れてから少し経つが、まだ、先生しんどうが助けに来る様子はない。ひょっとして、他のところにも魔獣が出現しているのか?


 これが授業の一環ということはさすがにないと、優は思いたい。外地に慣れさせる初回の授業で魔獣との戦闘をさせるなど、スパルタが過ぎると言う物だろう。


「おっ……とと。ふぅ」


 崩れないよう、慎重に小屋から降りてきたシアが優の右横に立つ。それと時を同じくして、ヌチャヌチャとぬかるんだ地面を踏む足音が聞こえてきる。

 そうして木の影から姿を現したのは、体高1m強。大型犬ほどの大きさの生物だった。


 魔獣は複数の生物を無理矢理つないだような見た目をした、異形の生物の総称だ。今優たちの目の前にいる魔獣は、イノシシを素体としていた。とはいえ、もうほとんど原型は無い。

 特徴的なのは頭だろう。3頭分あるイノシシの頭の鼻先が時計の2時、6時、10時方向を向いてついている。頭が3つある都合、鼻と口も3つ、口からのぞく鋭い牙は6つある。しかし、目だけは各顔に1つずつ、計3つが逆三角形を描く形でついていた。

 全身は茶色い毛でおおわれ、背中には歪に変形した虫の羽のようなものが1本だけ生え、時折、震える。獣臭よりも、どちらかと言えば夏に放置した肉のような生臭い臭気を放っていた。


「すごい臭いだな……」


 そう言いつつも、油断なく魔獣と対峙する優は、魔獣を観察する。優の知る限り、魔獣は自分が持っていたマナと食事などを通じて取り込んだマナが影響し合い、体が変化しているとされていたはずだ。外見から分かることとして、今、優が対峙しているのは少なくともイノシシを2頭以上と、何かしらの昆虫を食べたイノシシが、魔獣化したもののようだった。

 生物として歪な魔獣からは常にマナが放出されており、極度の飢餓状態だと分かっている。その不足したマナを補うために、マナを豊富に含む人を襲って、食べているのだった。


 ――しかも、常に〈感知〉状態か……。


 魔獣は五感に加えて常に放出されているマナで、周囲の状況や人の存在を察知する。人間に〈感知〉と呼ばれるその魔法を常に使っている状態であるため、基本的に死角は無いとされていた。


「気持ち悪い、ですね……」


 口元を押さえながら素直に感想を言葉にしたシアに、優も心の底から同意する。生物として異常な彼らに対する、本能的な嫌悪感が2人の中にこみ上げてくる。特派員になる以上、これから何度も魔獣への嫌悪感を抱くことになる。優としてはこの生理的嫌悪感に早く慣れたいものだった。


「ふぅ……。落ち着いて行きましょう。まずは〈身体強化〉ですね」

「は、はいっ」


 テレビで見ていた猛獣と、野生でばったり出くわしたような。捕食者である彼らに対して、本能が逃げ出そうとする。そんな本能的反射を必死でこらえ、優は魔獣と相対する。

 まずは学校で教わった通り、優とシアは〈身体強化〉を使って、全身を強化し、臨戦態勢を取る。〈身体強化〉を常に使用しておかなければ、魔獣の攻撃がかすっただけでその部分の肉が持っていかれることになる。この魔法をうまく使えるかどうか。それは入学試験で測られるほど重要な項目だった。


 ――多分、今の俺たちでは倒せない。


 倒すのではなく、時間を稼ぐ。優は、“目的”を自分に言い聞かせる。時間稼ぎである以上、マナをできる限り温存しつつ、長期戦を見越す必要がある。加えて、助けが来ているのか、それが何人なのか、魔獣がどこにいるのかなど、全体の状況を知る必要があった。


「シアさん。広めの〈探査〉で、他に魔獣がいるのか、助けが来ているかを調べてくれませんか?」


 魔力的に、優にはできない広範囲の〈探査〉。しかし、天人であるシアならば可能だ。200m近く離れた魔力持ちの天が、ここまで〈探査〉出来ているように。


「分かりました。」


 彼の頼みに頷いたシアは、天が広げている黄金色のマナとなるべく反発しないよう、タイミングを計って慎重に白いマナを広げる。

 その間も優は魔獣に注目しておく。シアの〈探査〉を見ても、イノシシの魔獣に動きは見られない。警戒しているのだろうか。それとも、もう1体いたはずの魔獣と合流しようとしているのか。魔獣に知性があることを前提として、様々な可能性を並べていく。

 数秒で〈探査〉を終えたシアが、知り得た情報を簡潔に伝えた。


「遠くにまだ学生が4組います。境界線に近い方から彼らを回収している人がいるみたいですね。進藤先生でしょうか。魔獣は合わせて6体。近くにいるもう1体の魔獣は、この魔獣の背後に隠れています」


 助けが来ないから予想していた通り、他にも魔獣が湧いているようだ。となると、一番遠くにいるだろう自分たちを救出しに来るのは時間がかかるだろうと予想する。


「学生たちは内地に避難しているようです。ただ、先ほどから何度も〈探査〉を使っている学生は動いていません。その人物めがけて、先ほど小屋を破壊したと思われる魔獣1体が、その……、2つの人間の反応と一緒に移動しています」


 最後にシアが言い淀んだのは、それが食べられたはずのジョンと下野だと容易に予想できたからだった。また、シアは通り抜けていく黄金色のマナの持ち主が天であることを知らなかった。


「ありがとうございます。なるほど……」


 シアの簡潔な情報をもとに、優は脳内に全体図を描く。ジョンと下野はもう既に捕食されたと思っていた優。しかし、それにしては長く生き残っていることに、一筋の希望を見出す。同時に、優が気にするのは、魔獣が向かう先にいるらしい家族そらのことだった。


「天のところか……。さすがの天でも、魔獣相手はどうなんだろうな」


 常に漏出するマナを補給するために魔獣は人や動物を襲う。そのため、本能的にマナを多く持っている餌を求める。ここにいる天人のシアも、魔力持ちである天も、魔獣にとってはこれ以上ないご馳走だった。

 幸いなことに天は境界線付近にいる。いざとなれば内地に逃げるだろうし、教員も居るだろう。魔獣を警戒しながらそんなことを考えていた優にシアから恐る恐るといった様子で問いかけがあった。


「天って……もしかして、神代さんのことですか?」

「はい。神代天。マナの色からして、間違いないと思います。もしかして、天の知り合いですか? って、シアさん?」


 突如、黙り込んでしまったシアを優は怪訝な顔で見る。と、雨空の下でもわかるほどシアは顔面蒼白になっていた。

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