第8話 再会と約束
時刻は12時半を少し過ぎた頃。春野の提案で再びメイド喫茶にもどってきた優の目の前には予想通り、家族連れを中心に10組ほどの列が出来ている。店の回転を考えると、30分くらいは待つことになるだろうというのが優の予想だった。
優と春野。2人横並びで列に並ぶ。優が廊下側で、春野が壁側だ。
「朝来た時も思ったけど、家族連れさんが多いんですね」
一生懸命に背伸びをして前方を見遣った春野が、客層の偏りに着いて語る。独り言とも取ることが出来る口調と声量は、優が別に答えなくても良いという自称陰キャなりの配慮だ。会話のキャッチボールが無くても独り言だからと言い訳が出来る。陰キャは、陰キャであるという自認も含めて、自身に対する予防線を張るプロだというのが、春野の意見だった。
――あくまで個人の感想です!
と、今も心の中で言ったように。
しかし、もちろん優が想い人の言葉を無視することは無い。
「ああ。天人を
「確かに! わたしも、シアさんが初めて見た天人でした!」
第三校に居ると忘れそうになるが、天人はなかなかお目にかかることが出来ない。そもそも数が少ない上に、基本的に気分屋な彼ら彼女らは、単独行動を好む傾向が強いからだ。そのため、ある程度の数は
人間に好意的な天人は己の有り余る魔力を活かして人々を守ろうと特警や特派員になるのだが……。
「特派員の場合はそもそも内地に関わることもないし、特警の場合は“何か”があると困るから現場から離されることが多い。結局、天人を見かける機会が少なくなるもんな」
「うん。それに天人は生まれたときから大人なことが多かったから、学校なんかで見かけることも無かっただろうし」
天人の人権を認める国際的な条約である『世界人神条約』が結ばれ、気づけば天人は人間社会に溶け込んでおり、同じく気づけばなかなか人の目に触れる機会がないような生活をするようになっていた。
「そういう意味では、子供で生まれて、学校にも行って、積極的に人と関わろうとするシアさんって貴重なのかもな」
「陰キャに優しい陽キャ……。シアさん、まじ、女神です」
夏休み。ユニバーサルスタジオランドとスーパープールの2つの施設でシアと時間を共にした春野。物静かな雰囲気をしていたシアに、同じ陰キャだと思って近づいて見れば。陰の気を
――す、少なくとも? わたしの方はそう思ってますよ、シアさん?
そうして春野が、自分の勘違いである可能性についての予防線を張っていた時だ。
「はーい、みんな。きちんとついて来てくださいねー」
「「は~い!」」
自分たちの後方で、元気いっぱいの声が聞こえてきた。何事かと振り返ってみれば、1人の女性の引率のもと、性別も年齢も様々な4人の子供が列を成して歩いている。家族だろうかとも考えたが、先ほどの女性と子供たちとのやり取りを聞くに、違和感を覚える。と、集まった子供たちが同じ服を着ていることに気が付いた。
「近くの小学生……かな?」
優の耳元に顔を寄せ、そっと小声で聞いてみる。
「ん? ああ……」
またしても近くなった春野との距離をそっと離しつつ、優も春野の視線の先に目を向ける。そこには、ブラウンを基調としたブレザー制服姿の子供たちが居た。背丈からして春野が言うように、全員が小学生だろう。その上着の胸ポケットには所属しているらしい学校の校章が金色の意図で刺繡されているのだが……。
――あの校章、どこかで見たな。どこだったか……。
顎に手を当てて優が記憶を探っていると、
「え、優お兄ちゃん?!」
小学生たちの中。振り向いた優の顔を見た女の子の1人が驚き半分、嬉しさ半分といった声で優の名前を呼ぶ。その聞き覚えのある声に記憶を探る手を止め、改めて声を発した小学生に注目した優の顔が、柔らかなものに変わる。そして、キラキラとした目で自分を見上げるその子の名前を呼んであげるのだった。
「久しぶりだな、果歩ちゃん」
外山果歩。彼女は、優が初任務の際に助けた小学校1年生の女の子だった。魔人と魔獣の被害に遭って両親を失った果歩は、その後、第三校附属の児童養護施設に身を寄せることになっていた。
日曜日の今日。養護施設は、所属していることどもたちの情操教育も兼ねて、第三校の文化祭を見て回るイベントを主催している。他の一般客の邪魔にならないよう、いくつかに班分けして行なわれていた文化祭見学。果歩が引率の教員について歩いていれば、偶然、優を見かけた形だった。
胸元の校章は、第三校の校章と同じもの。優に見覚えがあったのも当然だった。
「優お兄ちゃん!」
タタタっと駆けて来た果歩を、腰を下ろした優が優しく受け止める。
「元気だったか?」
優の問いかけに、果歩は嬉しそうに「うん!」と頷く。初めて会った時は泣きじゃくり、衰弱した様子だった果歩も、今は肌の色つやも良く元気な様子。その姿に、優はそっと胸をなでおろす。が、同時に湧き上がってくるのはあの日の約束――誰も死なせないという約束を破ったことに対する罪悪感だ。
あの時、果歩はそれまであった人懐っこさを捨てて、まるで敵を見るような目で『嘘つき!』と優に言い放った。あの時は西方を失った失意の中、後ろ向きな気持ちで謝ることしか出来なかった優。
しかし、今。誰も、何も失わなかった大規模討伐任務を経て、少しの自信と確かな確証を得た今ならば、と、優は今一度果歩と向き合うことに決めた。
ひとしきり再会の抱擁を済ませた後、優はそっと果歩を己の身体から離して、不思議そうにこちらを見る果歩の丸い黒目と見つめ合う。そして、片膝立ちになると、果歩に向けて深く頭を下げた。
「果歩ちゃん。夏休み、約束を守れなくて悪かった」
一方、果歩はと言うと、なぜ優が頭を下げているのか分からなかった。いや、“
「うん……? カホは、大丈夫だよ?」
そうして小首をかしげている果歩の姿に苦笑した優は、果歩の頭を優しく撫でる。くすぐったそうに、されるがまま嬉しそうな声を漏らす果歩の笑顔に
――そうか。俺は……
内地に暮らす人々が特派員と関わる機会が少ないことと同じで、特派員も内地の人々と関わる機会が少ない。それは、自分たちが守っているものとの距離が遠いことを示している。三校祭をはじめ、こうした一般の人々と関わる機会は優たち特派員にとって、自分たちが何を守っているのかを確かめる良い機会になっていた。
しばらく優に撫でられていた果歩だったが、自分が満足したところで優の手を小さな両手でつかみ、やめさせる。そして、優と見つめ合った状態のまま、満面の笑みで、自身の将来の夢を語る。
「そうだ! あのね、聞いて、優お兄ちゃん! カホね、優お兄ちゃんとかシアお姉ちゃんみたいに格好良い特派員になる!」
両親を失い、自分を守ってくれていた人々も次々に居なくなる。そんな地獄のような状況から救い出してくれた優の大きな手と不器用な笑顔に、恐怖で震えていた果歩がどれだけ救われただろうか。その感謝の気持ちと憧れの想いこそ。今もなお果歩の中で、辛い過去を乗り越える原動力になっている。
――特派員になりたい!
夢を語る果歩のキラキラとしたその瞳は、ずっと昔。優が今もなお憧れ続けるあの特派員2人に向けたものと全く同じものだった。
そして、憧れという熱量に優が気づかないはずがない。憧れるだけだった自分が、初めて、誰かに憧れられる存在になることが出来たのだ。優にとって、これ以上嬉しいことは無い。
「ああ……。そうだな……っ! 絶対に、特派員になろう!」
「うん! 今度はカホが、優お兄ちゃんとシアお姉ちゃんを助けるっ! 約束!」
果歩は笑顔で小指を立てる。この約束が果たされるのは、何年後になるだろうか。殉職の可能性も高い特派員という職業になる以上、果歩が正規の特派員になるまで優が生きている可能性はそう高くない。
それでも優は、果歩と約束を交わす。もう二度と、彼女に嘘をつかないために。自分に憧れてくれる――勇気と自信を与えてくれる存在が居るのだと、自分の心に刻みつけるために。
「ああ、約束だ」
優しい顔で優が果歩の小指に指を絡める、寸前で。大きな爆発音と揺れが、第三校を襲った。
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