第4話 作られた物語(シナリオ)

 西方の青春未遂事件の後。


 荷物の整理を終えた優と西方は、一度、シアと果歩のもとへ。

 緊張の糸が途切れ、昼食後ということもあってかシアの膝を借りた果歩は午睡していた。


 結んだ口の前で人差し指を立てたシア。


 「果歩ちゃんにとっては、外地にいることが“普通”みたいです」


 言って、子供らしい細く滑らかな髪をいてあげているシア。

 そんな2人を微笑ましく思う優だが、彼女の言う通り、ここが外地であることを再認識する優。

 気を抜き過ぎるわけにもいかず、この先、最も危険な帰還の任もある。

 可能な限り情報を集めるべきだった。


 「果歩ちゃんから何か他に聞けましたか?」


 何も子守のためだけにシアを果歩につけていたわけでは無い。聞き逃している些細な事柄を、聞き出してもらっていた。


 「気になる点としては、『悪い魔人がたくさんいるんだって』と話したところですね」


 正確には、果歩が自分をかくまってくれていた長嶋文雄ながしまふみお月子つきこ夫妻から聞いた話だという。


 「なるほど、つまり天たちが言っていた魔人以外もいるかもしれないと……?」

 「はい。なので、マナの使用配分には一層気を付けないといけないみたいです」

 「権能は特に、ですね」


 優の確認に、シアが首肯する。

 引き起こそうとする事象などによっても変わってくるが、権能も魔法である以上、使用にはマナを要する。

 しかも、通常の魔法数回分、多い時は十数回分にもなる。

 マナを節約するという意味では、帰還の目処が立つまでは極力使用するべきでは無かった。


 「し、シアさんが今日使った魔法の規模と回数からすると、1、2回に収めたいですよね!」

 「――はい、そうですね。ですが、できれば権能は使いたくないです」


 緊張した様子で付け加える西方に、様子で大人な対応を返すシア。

 特に西方を見ながら、もう少し時間がかかるな、などと思いつつ優が補足する。


 「副作用……いえ、副産物があるからですね」

 「はい。権能を使わなくていいように、魔法だって練習しています」


 強力な力には代償がつきもの。

 例えば優が負った瀕死の傷を治した〈物語〉。代わりに、彼は“主人公”として、この先、生涯にわたって困難が降りかかる。演習の際も、魔獣を死の運命に誘って倒す代わりに“何か”があったとシアは確信している。


 その影響力が分からない以上、可能であれば権能の使用は避けるべきというのが社会の通例であり、シアの意思でもあった。


 「では、やはり権能は使用を控える方向で――電話だ」


 ふと震えた携帯画面には、天から通話の通知が来ている。

 何か忘れものだろうかと疑問に思いつつも、もちろん出る優。


 「どうした、天」

 『兄さん? そこにみんないるよね? とりあえずスピーカーにして』


 指示通りスピーカーにして、全員が聞けるような体勢を取る。


 『さっきの子……の話なんだけど』

 「果歩ちゃんです!」

 『そう、果歩ちゃん。その子が生きてたことについて、常坂さんから話があるみたい』


 少し間があって、常坂の声が聞こえてきた。


 『は、始めまして、常坂久遠ときさかくおんです』

 『いや、違うでしょ? 常坂さん、緊張しすぎ』

 『ほら深呼吸だ、な?』


 そんなやり取りがあった後、彼女が優たちに告げたこと。

 それは、果歩が生きていたことは奇跡や偶然ではなく、何者かの恣意しいである可能性だった。


 『つまり、食料として、魔人たちが果歩さんを残しておいたのかもしれないということです。昔、実家の道場の近くでも、似たようなことがありました』

 『水道とか電気とか。インフラが残ってたのも奇跡的に、ってわけじゃないのかもな。“食料”が生きていられるように、っていうな』


 果歩は食べられるために生かされていたということ。


 「だとするなら……。それじゃあまるで――」

 『うん。人間の得意な畜産だね』


 歯に衣着せぬ天のその表現は、人の傲慢さを物語っているようだった。

 同時に、自分たち人間も食料であることを意識させられる。


 (奇跡だ、偶然だ、で全てを片付けるのは良くないか……)


 と、そこで優の中にあった違和感が、思い出される。

 森で出会った、弱すぎた魔獣。

 一思いに殺されなかった長嶋一夜が上げた悲鳴。

 そこに駆けつけた自分と天が彼女を助け、こうして任務に来ている。


 物語のように、あるいは誰かが操作しているように、きれいな線が出来ていないだろうか。

 例えばそれが、今も自分にかかっているとシアが語った〈物語〉の影響ならばいい。

 でも、もしそこに、誰かの――魔人の意図があるとすれば?


 この状況が、誰かの手で作られたシナリオだとするなら?


 思い出される、魔人の男のひょうひょうとした態度。

 内地の近くにいた弱い魔獣も、長嶋一夜も。

 ここに、“特派員”という、成熟した食料を呼び寄せる撒き餌だとしたら。


 それは恐ろしいほど精巧に作られた物語ということになる。

 そして、こうして任務を受けることになったのも、そもそもの発端も。

 全ての原因は〈物語〉の“主人公”である優自身なのだ。


 「天……いや、みんな。シアさんも、西方も」

 『どしたの、兄さん』


 シアと西方が、急に青ざめた優に怪訝な顔を見せる。


 「悪いが、今すぐ果歩ちゃんを連れて、第三校に帰ろう……!」

 『なんで……って、やばっ――』


 と、その時。

 スピーカーの向こうから、爆発音のようなものが聞こえた。


 「天、大丈夫か?!」

 『……』

 「おい! 春樹! 常坂さん!」


 優の剣幕に、果歩が目を覚ます。

 今の優には残念ながら、彼女にかまっている余裕など無かった。


 「返事を――」

 『――大丈夫。だから落ち着いて、兄さん』

 『おいおい、余裕だな化け物』

 『……今度こそ殺してやる。――そゆことだから。じゃぁね』

 「あ、おい!」


 通話が切れる間際。

 天の言葉に続いたのは、この場で神代兄妹だけが知る男の声だった。


 「くそっ! あの魔人か……!」


 知っていたのに、考えようとしなかった自分を悔いる優。

 ともかく、今は天たちのもとへ――


 立ち上がろうとした優を、シアと西方が引き留める。


 『助けてダズゲデ? お腹空いたオナガズイダ?』


 奇妙な声が聞こえたのは、その時だった。

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