第7話 作戦開始

 作戦決行当日。ちょうど、優たちが日本家屋を拠点とした日から1週間が経った、9月23日。

 優たち三校生6人は特派員の制服とプロテクターを身に着けて、平清水ひらしみず町の南部を占めるゴルフ場跡地に居た。平清水町の南から東部にかけて約1㎞にも及ぶ広大な敷地の中央に、クラブハウスがあった。地上2階建て。白い壁と瓦葺かわらぶきの屋根は経年劣化しているとはいえ、清潔感がある。一方で、割れたガラス窓はとっくの昔にその施設が使われなくなっていることを示していた。


「優クンたちの言ってた通り2階建てだね」

「はい。国道側から見ると平屋なんですけど。1階部分には温泉とかもあるみたいです」

「じゃあ、あの場所取り返したらみんなで温泉に入ろうか。……頑張った優クンたちへのご褒美として、私は混浴でも良いよ?」


 軽口を叩く余裕を見せるモノに、優は何とも言えない表情をするしかない。ひとまず、後輩を思うが故の冗談だと受け取ることにした。

 モノから目線を切った優は、改めて荒れた芝が生い茂るコースを見る。現在時刻は早朝6時。魔獣たちがそろそろ目を覚ますだろうかという時間で、まだコース上に魔獣たちの姿は無い。偵察で魔獣の行動パターンは掴んでいたため、奇襲を仕掛けることになっていた。


「それじゃあ、ここからは作戦通りに。駐車場側に着いたら連絡して」


 モノの指示に頷いて、優たちは国道沿いにクラブハウスの正面玄関へと回って行く。その道中、


「晴れて良かったな。雨だったら、視界も足場も最悪だ」


 明け方の薄い青色の空を見上げて口を開いたのは春樹だ。なるべく優とノアの緊張をほぐすために、また、黙っていれば自身も緊張してしまうから、と言う意図があった。

 言いながらも、決して周囲への警戒を怠らない。この辺りの魔獣は1週間をかけて殲滅せんめつしている。しかし、新しく出現しているかもしれない。また、野生動物たちも十分以上の脅威になる。イノシシやシカに小突かれるだけで重傷を負ってしまうのが人間という生き物だった。

 車通りのない、片側一車線の道。鳥たちのさえずりを聞きながら、春樹が言った足場について優も所感を漏らす。


「俺たちはアスファルトだからまだマシだろうけど、先輩たちは芝だろうしな」

「ボクはどこでも、どんな状況でも戦うけどな。魔獣は、駆逐する」

「クレアさんとの約束、だよな?」


 優、ノア、春樹。言葉を交わしながら、木々に囲まれた国道を行く。早朝かつ大規模討伐任務中ということで、行き交う車は1台も無い。ただどこかで鳴く鳥たちの声が聞こえるばかりだ。

 昨晩、ノアの戦う理由が幼馴染のクレアとの“約束”にあると知った春樹。自身も、優と天、2人の幼馴染に並び立つために戦っている身として、ノアには共感できる部分が大いにあった。


「なんだ、瀬戸? 何か言いたいことでもあるのか?」


 自身を見つめていた春樹に鋭い目線を向けたノア。春樹の「いいや、何でもない」という答えに、鼻を鳴らす。クレアに頼まれた優と春樹との「共生」を果たすための共同生活も、もう終わる。

 ノアとしてはようやく、と思うと同時に、ここ数日の自分の周囲を取り巻く空気は悪くなかったように感じていた。特に、先日の黄猿との戦いにおける共闘には、確かな手応えがあった。自分が殺さなくても、後ろにいる仲間が殺してくれる。殺すか、殺されるか以外の道もあるのと言う発見は、ノアの凝り固まった考えを適度に軟化させている。

 そのうえで、ここ数日の間にノアが導き出した答えは、魔獣を相手に自分が最善を尽くしたうえで、仲間を“保険”とする考え方だった。あくまでも個を重視しつつ、それぞれが補い合う。優たちが他者の存在を前提として戦う掛け算の戦い方だとすれば、ノアのそれは足し算だ。たとえ味方の誰かが無能ゼロでも、最低限、結果を出せる考え方だった。


 ――これが最大限の譲歩だ、クレア。


 優と春樹の戦い方の前提と、ノアのそれは大きく違う。戦う理由も、優たちとくはいんは“誰か”であって、ノアはクレアただ1人のために戦う。しかし、魔獣を倒すと言う方向性だけは同じだ。


「着いたな」


 そんな優の声で、ノアは魔獣との戦闘を前に緊張感を高めるのだった。


「周囲に敵なし、だな」


 ひとまず目視できる範囲に魔獣が居ないことを確認しつつ、優はモノに連絡をする。携帯は優の私物だ。間違いなく戦闘で壊れるだろうと言うことで、必要なデータは拠点に置いて来てあるタブレットに移行済みだ。万が一の遺言ゆいごんも、タブレットの中だった。


「神代、瀬戸、ノア。3名、目的地に到着です」

『了解。こっちも全員配置についたよ。まずは優クンと秋原クンで敵の分断をよろしく。秋原クンが外に連れ出した時に私が1回だけ〈探査〉するから、戦闘する時は気を付けて』


 スピーカーにして、情報をそれぞれが他のメンバーと共有する。両隣に居た春樹とノアが頷いたことを確認して、優は了承の意を伝える。


『それじゃ、秋原クン、優クン。――気を付けて、行ってらっしゃい!』


 そんなモノの威勢の良い声と共に通話が切られる。


「それじゃあ、行ってくる」


 春樹とノアに告げて、優は魔獣の巣窟になっているだろうクラブハウスへと向かう。赤猿・黄猿の掃討作戦が始まった。




 秋原が1階の正面から。優が2階のラウンジからそれぞれ、クラブハウス内部に侵入する。黄猿たちを誘導する際、割れたガラスに足を取られないよう気を付けなければならない。転べば、その時点で追いつかれて殺され、食べられることになるだろう。


「ふぅ……」


 敵の本拠地に独り。否が応でも高まる緊張感に、優が短く息を吐く。この先、偵察係を担うことになるだろう優。この緊張感には慣れていかなければならなかった。

 入り口付近。ラウンジに気配はない。受付台の下やソファの影を慎重に探るも、魔獣の姿は無い。次はコースを一望できる2階のレストランへ、と優が移動しようとした時だった。


『ウガァ……』


 鳴き声が聞こえた。すぐに身を低くした優はソファの影に隠れ、周囲を伺う。すぐに魔獣が襲って来る様子が無いことを確認し、声のした方――レストランへと忍び足で移動する。壁際からそっとレストランの中を見ると、まず見えたのは倒された椅子と、丸テーブルの残骸の数々だ。それらが乱雑に積み上げられ、壁際に寄せられている。そうしてできた中央の空いたスペースに、黄猿たちが居た。レストラン入り口の壁際にいる優との距離は約10m。

 多くは寝転んでいて、まだ寝ているようだった。先ほどの鳴き声は、黄猿が発した寝言だった。黄猿たちの魔法的な感覚――〈感知〉と呼ばれる魔法の範囲がそれより小さいことを頭に入れつつ、優は状況を確認する。


 ――数は……6体か。悪くない、よな。


 最低でも8体は確認されていた黄猿。その半分以上を優たちが受け持つことが理想とされていた。そういう意味では幸運だが、自分たちの2倍の戦力に優の背中を冷たい汗が伝う。しかし、やるしかないのだと己を鼓舞しつつ、優は状況観察を再開する。


 ――ここから入り口までの距離は10mと少し。出て左側に、春樹たちが待つ駐車場がある。


 今は隙だらけとは言え、危害を加えれば間違いなく黄猿たちは襲って来る。その後の誘導経路と床に散らばるガラス片の位置も確認しておく。足場はワインレッドのカーペット地で、滑るということは無さそうだ。


 ――あとは、赤猿か……。


 黄猿を奇襲する前に、赤猿の所在を知っておくべきか。優が悩む間に、事態が動き出した。

 突如、優の体内を見えない何かが通り過ぎて行く。魔法がある現代では誰もが知っている、〈探査〉の魔法が使用された合図だ。無色のマナであることから、間違いなく使用者はモノ。それは、上級生たちの戦闘が始まったことを表していた。


『『ウギャィ?!』』


 また、波に揺られたような奇妙な感覚に、眠っていた黄猿たちが飛び起きる。寝ぼけまなこで周囲をキョロキョロと見まわす。その瞬間には、優も動き出していた。

 透明なナイフを2本〈創造〉し、黄猿に投擲とうてきする。通常であれば、魔獣は体外に放出するマナで魔法的な感覚を得ており、それを頼りに視覚外からの奇襲も通用しない。加えて、“目に見えない”無色のマナも通用しないのだが。


『『ゥギィァッ?!』』


 2体の黄猿の太ももと脇腹を、優のナイフが抉る。


 ――寝起きで良かった!


 表情を変えずとも手傷を負わせられたことに内心で喜びつつ、優は姿を見せて黄猿を挑発する。


『『ゥゲァァァッ!』』


 自分、あるいは仲間を傷つけられたことに激高した黄猿6体全てが、手足を使いながら優に向かって駆けて来る。全員が釣れたことだけを確認して、優は転身、全力で逃げる。目指す先は駐車場。そこでは、春樹とノアが万全の状態で待っていた。

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