第8話 黒き狩人
背後に6体もの黄猿を引き連れてクラブハウスからエントランス、そして駐車場へと駆ける優。魔法で強化された脚力は時速40㎞に迫る勢いだ。
しかし、黄猿はそれ以上の速さで優に迫る。捕まれば、待っているのは死だけだ。それは同時に「仲間と一緒にお前も死ね」と言われた春樹やノアの死も意味していた。
「こっちだ、優!」
春樹が、懸命に逃げる優を誘導する。本心では〈魔弾〉を撃って優を援護したい春樹とノアだが、黄猿との戦闘後、赤猿の戦闘もあるかもしれない。撤退するにしてもマナが必要になる。よって、〈創造〉と〈身体強化〉のみで黄猿を撃退するつもりだった。
『『ウガァァァ!』』
黄猿が発する怒りの
足場の良い広々としたアスファルトの駐車場。乗り捨てられた廃車が2台ほど端に止まっているが、障害物となるものも無い。黄猿との戦闘に集中できる場所だった。
「敵は目視で6体。うち2体の太もも、脇腹に損傷有りだ。赤猿は、見当たらなかった」
転身し、黄猿の群れを迎え撃つ姿勢を見せた優が、両脇にいる春樹とノアへ情報を口伝した、直後。優たち3人がいる場所に、黄猿たちが突貫してくる。後方に跳んだ優から見て、左に春樹、右にノアが飛ぶ。そうして3方に分かれた優たちに対して、黄猿たちは2体ずつ、それぞれ獲物を捕らえようと散らばった。
「ここでも律儀に2体1組か……」
事前の情報通り、必ず複数体で行動する黄猿たちの律義さを嘆きつつ、優は目の前の敵に集中することにした。
まずは春樹たちと程よい距離を取り、互いを視界に収めつつ、黄猿が自分以外の仲間の所へ向かうことを防ぐ。1人で3体を相手すればどうなるのか。優は、先日、自分たちが黄猿に対して行なった3体1の戦いを思い出しながら身震いする。
――この2体は、必ず仕留める。
覚悟を決めて後方に跳びつつ、ごく狭い範囲の〈探査〉を行なう。それによるマナの反発から見て、黄猿1体の魔力は優と同じくらいだと分かった。魔獣としては、少ない方だろう。
そして、もう1つ。先日からの戦闘を見るに、黄猿は魔法を使わない。純粋な膂力で押してくるタイプの魔獣だと推測する。
『ウガァッ!』
長い腕を使った鋭い振り下ろしが優の頭上から迫る。攻撃を行なっている黄猿の右脇腹には裂傷があり、血が出ている。自身を害してきた優を憎悪する黄猿の瞳は、赤く充血していた。
黄猿の腕の
体勢を崩した優に迫るのは、もう1体の黄猿だ。こちらは手傷なども負っていない、万全な状態だった。仰け反る優を目がけて行なわれる、両こぶしを握った渾身の振り下ろし攻撃。天のようにしなやかな身体であればバク転でもして避けるが、優はそこまで身体が柔らかくない。
よって、優はまず膝を折って地面に背を付き、右側――黄猿たちから距離を取ることが出来る方向――へ転がる。間一髪、狙いを外した黄猿の攻撃がアスファルトを軽く砕いた。
「……っと」
地面に手をつき、すぐさま立ち上がる優。彼はまだ、〈身体強化〉を使っていない。無色のマナゆえに魔力が低い優は、小さなところでマナを節約していく必要がある。
――どうする。魔獣相手に無色は通用しない……。
魔獣ならではの魔法的感覚は、「目に見えない」と言う無色最大の武器を奪い去る。透明な武器による不可視の
「……なら」
優は、任務初日、
他方で、黄猿たちも渾身の攻撃が空振りに終わって冷静さを取り戻しつつあった。目の前にいる
黄猿が目をつけたのは、やはり、数的優位だった。2対1と言うこの状況を最大に利用しようと考える。となると、前後からの挟み撃ちだろう。分裂型で同じ個体として生まれ、同じような思考をする2体の黄猿が、同じ結論に思い至るのは当然だった。
『『ゥギァ……』』
黄猿たちは2体で示し合わせて、動き出す。1体が優の前方から迫り、もう1体が優の後方へ回る。殺した餌の取り分は2等分、頭部は
手分けして迫りくる黄猿2体に対して、優は冷静だった。
――1体ずつ、確実に。
優は手分けしたことで一瞬、単体になった目の前の黄猿へと攻勢に出る。2対1を作られる前に、1対1で戦おうと言う優の作戦だった。
『ウギァッ?!』
いつもは逃げ回る獲物を追いかけるだけだった黄猿にとって、優のその反抗的な対応は予想外となる。それでも、屈強な肉体を持つ自分たちの優位性は崩れないと、大きく混乱することは無い。優の正面にいる手負いの黄猿は冷静に優の動きを観察し、対応しようと試みる。
特段の隙も無く構える手負いの黄猿に、優は姿勢を高く保ちながら突貫する。狙うのは心臓だ。手元に透明のサバイバルナイフを〈創造〉し、駆ける。そして、手負いの黄猿まであと2歩というところで、
――今だ。
〈身体強化〉の魔法を使用し、身体能力を飛躍的に向上させる。そのまま、黄猿から見て左前方へ一気に姿勢を低く、踏み込む。黄猿の身体機能が人体の仕組みと同じであるならば、眼も同じ癖を持つ。そして、人間の眼は緩急のある動きと斜めの動きに弱い。それを知っている優は、黄猿も同じ弱点を持っているのではないかと踏んだのだった。
そして、その予想は的中する。
『ゥガッ?!』
一瞬にして目の前から消えたように見えた優に対して、手負いの黄猿の反応が致命的に遅れた。
「ふっ――」
短く息を吐いて地面を蹴り、伸びあがるようにして黄猿の心臓に透明のナイフを突き立てようとする優。それでも、黄猿は己に迫る命の危機を野生の勘で感じ取り、直感のまま後方に大きく跳ぶ。
自身の攻撃が届かないと判断した優は狙いを変更し、空中にある黄猿の身体のうち手の届く場所にある急所――アキレス腱を狙う。先日は狙いが浅く、春樹とノアに助けてもらう形になったが、今回こそは。
優の狙い澄ませた一閃は黄猿の右アキレス腱を捉える。パンッと独特の音が鳴る。空中にいた黄猿が着地すると、使い物にならなくなった右足の違和感そのままに、体勢を崩して転んでしまう。この隙に仕留められなければ、特派員としては生きていけなかった。
『ゥギィァ……?』
転んだ黄猿が視線を上げた時、そこには黒き狩人がいる。自分の首元に熱が走ったかと思えば、黄猿の視界が上下左右に揺れる。自身が狩られる側だったと悟ったのを最後に、黄猿は意識を手放した。
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