第7話 男子高校生の休日

 翌朝の9時過ぎ。一応、お盆休み最終日に当たるその日。朝食を済ませた優は自転車をこいでグラウンドを目指していた。今日はそこで、友人たちとボールを蹴る約束をしていたのだった。友人たちとの緩い約束。もう既に遅刻は確定しているため、特段急いではいなかった。

 彼も、常であれば遅刻はしない。ただ今朝はシアというイレギュラーが要所の行動に影響し、積もり積もって時間を押してしまったのだった。


 「悪い、遅れた」

 「遅いぞー、神代。先やってるからな。お前はこっちチーム」


 グラウンドの脇に自転車を止め、謝罪と共に玉蹴りの輪に入る。思いのほか集合率は高く、優を入れて5対5が出来る程度には人が居た。

 自転車をゴールに見立て、その間にボールを通せば1点という簡易なルール。ファウルもキーパーも無い、ゆるっとしたサッカー、というよりはフットサルだった。


 「よう、優。シアさんとの一夜はどうだった?」


 プレーの合間。遠くに転がっていったボールを取りに行くその間に、汗をぬぐった春樹がいたずらな笑みを浮かべて優に尋ねる。男しかいないこの場だからこそ言える、冗談だった。


 「その言い方、わざとだろ。天の部屋に止まってもらったし、何もない」


 ジトリとした目を向けた優が、転がって来たボールをトラップしながら答える。2人とも汗をかいているものの、これといって疲れた様子はない。

 優の回答に春樹は「やっぱりな」と返して、動き出したボールを追う。春樹が見せた反応が、自分に甲斐性と意気地が無いと言われているようで優としてはモヤモヤする。春樹とは敵チーム。春樹にボールが回った瞬間を狙って、


 今だ!


 1対1を挑む。――が、あっさりかわされ、春樹のチームにまた1点が追加されたのだった。そこで前半を終了として、休憩を挟む。


 「3対5かー……。瀬戸は高校でもサッカーやってんの?」

 「まあな! オレ、体動かすの好きだし」

 「神代も? 中学んときと比べて、結構動けてるけど」

 「俺はしてないな。まあ、体は鍛えてるからそのおかげかも」


 野ざらしの木製ベンチに腰掛けながら、旧友たちと話す。と、優はそこで水筒を忘れたとことに気付いた。今朝はドタバタしていたため、キッチンに置いたままにしてしまったようだった。財布はあるため、仕方なく近くの自販機でスポーツドリンクでも買おうと立ち上がった時。


 「兄さん、忘れ物」


 そんな声が、グラウンドを柵越しに聞こえた。そこには自転車に乗った天がいて、掲げた手には水筒が握られている。シアと買い物に行くついでに、優に忘れ物を届けに来たのだった。

 彼女の登場に、一同が色めき立つ。優と同級生ということは、天とも同級生。久しぶり、などとあいさつを交わしながら一言二言、言葉を交わしていく。しかし、そんなやり取りも、その横に並んでいるもう1人の人物、シアの登場で止まってしまった。

 同級生への態度とは思えないほど緊張した声で、男子の1人が天に尋ねる。


 「神代さん、その子は?」

 「ん? ああ、えっと。第三校で一緒のシアさん。これから一緒に買い物」

 「あ、えっと。初めまして。シアです。その、一応、天人です……」


 そう言って自転車から下りてぺこりとお辞儀をしたシア。今日着ている服は聡美が着ていた淡い水色のワンピース。優も母親が着ているところを見たことはあるが、シアが着るとまた違った印象を受けた。なお、天は白のTシャツに黒いジャンパースカート姿だった。

 自分たちがいても気まずいだけだろうと、優に水筒を手渡した2人は買い物をしにショッピングセンター方向へ足早に消えて行く。


 「シアさんが乗ってた自転車は?」

 「ああ、あれは母さんの。シアさんのためだって、母さん今日、電車通勤してるから」

 「……張り切ってる聡美さとみさんが目に浮かぶ」


 いつものことだと、普通に会話できていたのは優と春樹だけ。あとの全員は、初めて見る天人に呆然と、あるいは興奮した様子で押し黙っている。


 「……天人って、ヤバイな」


 どうにかひねり出した高校生男子たちの反応は、そのたった一言に集約されていた。


 その後はチーム替えをしながら2度、前後半のゲームを済ませて一度帰宅。各々シャワーで汗を流した後は手の空いた者でファミレスに集合して駄弁る。一般の高校生活を聞きながら、優と春樹が第三校という特殊な学校の話をする。そんな時間が続いた。もちろん、少し下世話な恋バナを交えながら。

 良きところで大型アミューズメント施設に移動し、ボウリングやカラオケを満喫するというハードなスケジュールをこなして、解散となった。


 優が帰宅したのは20時の手前。少し遅くなることは母親に連絡していたため、キッチンからは料理の音が聞こえていた。


 「ただいまー……って、シアさん?」


 リビングに入ってすぐのキッチンを見やれば、母親の聡美と、第三校の寮に帰っているはずのシアがいた。


 「あ、お帰りなさい優さん。もうすぐご飯が出来るので、待っていてくださいね。――お母様、味付けはこんな感じでどうでしょう?」

 「あ、優くん! 脱衣所の電気付きっぱなしだったから気を付けてね? 夏は電気代、高いんだから。――うん、美味しいわ! でも少し薄いかしら。もう少し醤油を――」


 シアと聡美。あまりに自然なやり取りに、自分が間違っているのかと錯覚する優。しかし、やはりこの状況はおかしいだろうと思い直す。思い当たることといえば、昨日天とシアが立てていた運命フラグ


 「シアさん、もしかして電車が動いていなかったんですか?」

 「はい……。なぜか作業が遅れているみたいで……。天さんが『だったら』と」


 ご迷惑でしたか? と聞いて来るエプロン姿の同級生。しかも天人。優はその質問を肯定できるほど、強い心臓を持っていない。


 「……いえ、シアさんが良いなら、それで大丈夫です。それで、天は?」

 「あー、えっと……」


 優の問いに目を泳がせたシア。彼女の代わりに答えたのは、聡美だった。


 「天ちゃんなら自分の部屋で、明日の外町そとまちくんとのデートに向けたファッションチェックをしてるわ」

 「あぁー……そう言えば、そんなことを言ってたような」


 それは仮免許取得をかけた対人実技試験までさかのぼる。優の対戦相手、外町弘毅そとまちこうきが、天とデートをするような話を自慢げにしていた。

 その際、自分が勝てばデートにシアを連れて来いとも。二股宣言を平然とする彼を少しでも真人間に戻そうと奮闘した結果、優は試験にかろうじて勝つことが出来たのだった。


 「つまり、今日のシアさんとの買い物は……」

 「はい。楽しそうに明日のデートに向けた勝負服を選んでいました」


 続いて、聡美から聞かされたデート予定地は日本屈指のテーマパークであるユニバーサルスタジオランド。通称USLは、カップルの聖地とも呼ばれる場所だった。

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